(William Herschel; 1738-1822)

この名前を聞いて天文学者と答えるか作曲家と答えるかによって、

ハーシェルへの思いがどれぐらいであるかがわかります

天王星の発見、天の川の星数え、ハーシェル式望遠鏡を発明した大天文学者です。

これぐらいは星好きにとっては当たり前のプロフィールですが

実はハーシェルの本職は宮廷作曲家であり、音楽教師でした

天文は単なる趣味でしかなかったのです

ハーシェルはかなりのジャンルの曲を作曲しているわりには

音楽史の中で名前を顧みることはほとんど皆無といっていいと思います。

しかし、
ハイドンとの親交は私にとって嬉しい限り

さて、

趣味である天文で名を馳せたハーシェルは

一体どんな天界の音楽を聴いていたのでしょうか?

星を眺めているときに星からのいろいろな美しいメロディもキャッチしていたのでは?

などと考えてしまいがちですが

実際に聞くことのできる彼の作品は
6つ年上のハイドンや

後輩のモーツァルト(1756-1791)と似たようなシンフォニー

いわゆる純音楽の世界、言い換えるなら古典派に位置する作曲家でした

のちのホルストのように星にまつわるような曲や

星空をイメージした曲を書いていません

星好きにとっては何となくがっかりですが

大天文学者が星を眺めたときの印象が作曲に何の影響も与えなかったのかとは思えません

そう思って聴けばやはりハーシェルの作曲した曲は天界の音楽と言えると思います

音楽史的にハーシェルはどのあたりの人物かというと…

ハーシェルはいわゆる古典派のど真ん中に位置していた作曲家ということになります。

2016年に亡くなった古楽界の鬼才ニコラウス・アーノンクールのアルバム

ハイドンの『天地創造』に興味深いエピソードが書かれています。

2003年にレコーディングされたこのアルバムのライナーノーツに

 

☆1791年と1794年のロンドン訪問時、ハイドンの人気は前例のないほどのものだった。 〜中略〜 第1オーボエを務めたのは、当時の指導的な天文学者ウィリアム・ハーシェルという著名な人物であった。 
 〜中略〜 この、外国からの著名な訪問者は、ハーシェルの天文台での圧倒的な体験からもインスピレーションを受けた。この天文学者の望遠鏡を通じてみた夜空は、ハイドンを畏敬の念で満たしたのである。「なんて大きく、なんて広いのだろう… これが彼に言いえたすべてであり、数時間の間、この言葉を独り言のようにつぶやいたのだった☆
 
と書かれていました。

確か音楽史の中では、

「ハイドンとハーシェルは会うことはなかった」

と記録していたと思います。 
(ハイドンがハーシェルを訪れたけど不在だった、という記録は残っているようですが…)

 

ただ、

上記のエピソードは、想像力をかきたててくれる内容だと思います。

二人が顔を合わせることが無かったにしろ、

妹のキャロラインが接待したとか、

別の日に訪れていたけど誰も記録(日記)を残さなかったとか。

 

 

そしてハイドンが例の言葉をつぶやいた…

「なんて大きく、なんて広いのだろう… 」

天球の音楽から見た歴史(天文史・音楽史)
1738 ウィリアム・ハーシェル誕生
1742 エドモンド・ハレー死去
1742 ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル、「メサイア」初演(作曲は1741)
1747 ヨハン・セバスティアン・バッハ、「音楽の捧物 BWV1079」作曲
1750 バッハ死去
1756 ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト誕生
1759 ハレー彗星回帰(ハレーが予測した最初の出現)
1759 ヘンデル死去
1761 金星の日面経過
1762 ハーシェル、「シンフォニア集」作曲(大オケーストラ用18曲)
1764 ハーシェル、「コンチェルト集」作曲(器楽のための協奏曲12曲)
1764 ハーシェル、「シンフォニア集」作曲(小オケーストラ用6曲)
1763 ハーシェル、オルガン協奏曲 第1番 ト長調、第2番 ニ長調作曲(2曲)
1763 ハーシェル、ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ作曲(12曲)
1769 ハーシェル、ヴァイオリン、チェロとハープシコードのためのソナタ作曲(6曲)
1769 ラランド、『イタリア旅行記』の中でタルティーニの「悪魔のソナタ」を伝える
1769 金星の日面経過
1770 ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン誕生
1772 ボーデ、「ボーデの法則」を発表、のちに「チチウス・ボーデの法則」となる
1781 ハーシェル、天王星の発見
1781 メシエ、「メシエ・カタログ」を出版
1782 モーツァルト、「後宮からの誘拐」作曲
1783 モーツァルト、「大ミサ曲」作曲
1783 ハーシェル、太陽系の空間運動の測定
1786 モーツァルト、「フィガロの結婚」初演(作曲は1786)
1785 ハーシェル、宇宙の形と大きさの観測的決定
1787 モーツァルト、「ドン・ジョヴァンニ」初演(作曲は1787)
1787 ハーシェル、天王星の衛星オベロン、チタニアを発見
1788 モーツァルト、「交響曲第40番」作曲
1789 ハーシェル、土星の衛星ミマスを発見
1790 モーツァルト、「コジ・ファン・トゥッテ K588」(作曲は1790)
1782 モーツァルト、「後宮からの誘拐」初演(作曲は1781〜1782)
1791 ハイドン、ザロモンによって1791年ロンドンに招かれる
1791 モーツァルト、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、「魔笛」、「レクイエム」作曲(未完)、
死去
1794 ベートーヴェン、ピアノ三重奏曲第1番 Op.1作曲(事実上の楽壇デビュー)
1795 ハイドン、「交響曲第104番」作曲
1796 ラプラス、太陽系の星雲起源説の提唱
1797 ハイドン、弦楽四重奏曲 第78番 変ロ長調「日の出」作曲
1799 ハイドン、オラトリオ「天地創造」初演(作曲は1796〜1798)
1800 ハーシェル、赤外線放射の発見
1801 ピアッツィ、小惑星ケレス発見
1801 リッター、紫外線放射の発見
1801 ハイドン、オラトリオ「四季」初演(作曲は1798〜1800)
1802 オルバース、小惑星パラス発見
1804 ハーディング、小惑星ジュノー発見
1804 ベートーヴェン、「交響曲第5番」作曲
1807 オルバース、小惑星ベスタ発見
1809 ハイドン死去
1810 ナポレオンがローマ教皇庁に保管されている「ガリレオ裁判の記録」を持ち去る
1811 大彗星(C/1811 F1, Great Comet, also Flaugergues)の出現
1812 フィールド、「夜想曲 第1番」作曲
1816 ロッシーニ、「セビリアの理髪師」作曲
1817 フラウンホーファー、太陽スペクトル中の暗線を発見
1822 シューベルト、「交響曲第7番(未完成)」作曲
1822 ハーシェル死去

〜ハーシェルの音楽〜

♪フーガ 第1番 ニ長調
♪前奏曲 第1番 ハ長調
♪フーガ 第2番 ハ長調
♪アレグロ 第9番 ハ長調
♪フーガ 第3番 ハ長調
♪前奏曲 第24番 ハ長調
♪フーガ 第4番 ト長調
♪アレグロ 第1番 ト長調
♪フーガ 第5番 ニ短調
♪前奏曲 第7番 ハ長調
♪フーガ 第6番 変ホ長調

オルガン;Dominique Proust

1992年録音。
Dom, CD 1418

 ハーシェルと同じく、天文学者でありミュージシャンという肩書を持つドミニク・プルーストの演奏。彼はヨーロッパ南天天文台(ESO)に籍を置く天文学者です。今のところ唯一のレコーディングですが、やはり二足の草鞋を博のは難しいのでしょうか(笑)。もっと演奏会すればいいのに…

 ここに収録されたオルガン作品が、教会での録音だからといって、すぐに宗教音楽と結びつくわけではなく(通常オルガンは教会の壁に埋め込んであるので、オルガン曲のレコーディングは教会で行うのが当たり前)、当時は人びとの気持ちも、もっと星空に近いところにあったことを思えば、ハーシェルのオルガン曲の響きが、厳かに響いて聴こえてくるのは当然かもしれません。バッハのように神を讃えた意味を持っていなくとも、オルガンの響きは、教会とかかわりを持っていない私のような人間でも、なにやら気が引き締まる思いがします(笑)。

 

ENCHANTING HARMONIST: A SOIREE WITH THE LINLEYS OF BATH
(魅惑の音楽家−バースのリンリー一家との夕べ)

♪ソナタ ニ長調 Op.4-4
(I.Allegro /II.Andante /III.Allegro spiritoso)

ハープシコード;Timothy Roberts

ヴァイオリン;Florian Deuter
チェロ;Mark Caudle

1994年録音。
Hyperion, CDA 66698

 モーツァルトをして「リンリーは真の天才だった。もし生きていれば、音楽界の最大の誉れの1人になっていただろうに」と言わしめたハーシェルのライバルだった作曲家、トーマス・リンリー(1756-1778)を中心としたプログラム。他にウィリアム・ジャクソン(1730-1803)、ヘンリー・ハリントン(1727-1816)が演奏されていますが、スポットを当てられているのはリンリ―の作品で、ハーシェルはソナタ(ニ長調Op.4-4)1曲のみ。

 

CONCERTOS FROM THE NORTH
(北からの協奏曲−アヴィソン、ガースとハーシェル)

♪ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
(I.Poco Allegro /II.Adagio assai /III.Allegro assai)
ヴァイオリン;Pavlo Beznoiuk
演奏;The Avison Ensemble

2002年録音。

 アヴィソン・アンサンブルをバックに、ヴァイオリンのパブロ・ベズノイクのソロによる協奏曲が1曲だけ収められています。
 1曲だけ、というのはあまりにもさみしい気もしますが、ほとんど取り上げられることのない作曲家なので、録音されるだけでも喜ばなきゃ。彼の作品では珍しい短調の曲のためか、アルバムタイトルの「北からの」のというイメージからくるのか、これまでのハーシェルの作風とはちょっと違った雰囲気を持っています。

 ジャケットにドーンと写っているチェロのビルスマーは、残念ながらハーシェルの曲には参加しておらず… 
ちなみにベズノイクの演奏は、バッハの無伴奏ソナタ(Linn)を良く聴いています。

 

♪交響曲 第14番 ニ長調
(I.Allegro assai /II.Andante /III.Adagio - Allegretto)
♪交響曲 第8番 ハ短調
(I.Allegro assai /II.[Andante] /III.Presto assai)
♪交響曲 第2番 ニ長調
(I.Allegro /II.Adagio ma non molto /III.Allegro)
♪交響曲 第12番 ニ長調
(I.Allegro assai /II.Andante non molto /III.Allegro assai)
♪交響曲 第17番 ハ長調
(I.Allegro /II.Adagio ma non molto /III.Allegro assai)
♪交響曲 第13番 ニ長調
(I.Allegro assai/II.Andante non molto /III.Allegro assai)

演奏;London Mozart Players
指揮:Matthias Bamert
2002年録音。
CHANDOS CHAN 10048

 演奏者の名前がなにやらピリオド楽器を使っていそうな感じがしたのですが、そういった意味ではなくて

「モーツァルトの活躍した時代に埋もれてしまった作曲家の作品を演奏するために組織されたオーケストラ」

という意味らしく、モダン楽器を使用しています。そのためなのか、編成の割にはシンフォニア集、というので聴いてみたら、コレは立派な古典派からロマン派に掛けての交響曲に匹敵するだけのスケールがあります。

SACDでもリリースされているので、天文ファン、オーディオファンとしては二重の喜びです(笑)。

 

MUSIC BY THE FATHER OF MODERN ASTORONOMY
(近代天文学の父による音楽)

♪オーボエ協奏曲 ハ長調*
(I.Maestoso /II.Adagio /III.Allegretto)
♪室内交響曲 ヘ長調
(I.Allegro moderato /II.Adagio e cantabile /III.Allegro ma non molto)
♪オーボエ協奏曲 変ホ長調*
(I.Allegro /II.Adagio /III.Tempo Primo)
オーボエ*;Richard Woodhams
演奏;The Mozart Orchestra

指揮;David Jerome

2002年録音。

 なにやら天王星をイメージさせるようなイラストをあしらったジャケット。全曲ハーシェルの作品と思いきや、盟友ハイドンの作品(交響曲第23番)とカップリング。ハーシェルの得意楽器の一つだったオーボエが主役の協奏曲が聴けるのは嬉しいですね。それにしてもハイドンも地味な作品を間に挟んでいるのはどういうことなんでしょうね(笑)

 

 

キーボード・ソナタ集

♪ソナタ 第1番 ハ長調
(I.Allegro /II.Andante /III.Allegretto)
♪ソナタ 第2番 変ロ長調
(I.Allegro /II.Andante /III.Allegro assai)
♪ソナタ 第3番 ト長調
(I.Allegro /II.Adagio assai/III.Allegro moderato)
♪ソナタ 第4番 ニ長調
(I.Allegro /II.Andante /III.Allegro spiritoso )
♪ソナタ 第5番 ヘ長調
(I.Moderato /II.Adagio /III.Allegro)
♪ソナタ 第6番 イ長調
(I.Allegro /II.Adagio assai/III.Allegro spiritoso)

ハープシコード;Sophia Russell (Herschel Ensemble)

2015年録音。

 その名も「ハーシェル・アンサンブル」のメンバー、ハープシコードのソフィア・ラッセルがハーシェルの「6つのキーボード・ソナタ」全曲をレコーディングしています。今後、このアンサンブルはハーシェルの作品をレコーディングしていくとのことで、楽しみな存在です。メンバーはチェロのジョージ・ロス、ヴァイオリンのオラ・ポポヴァ。シンフォニアとか録音してくれるでしょうか? 最近の流行りでメジャー・レーベルからのリリースではなく自費出版、CD Babyで取り扱っています。

 6曲とも長調で書かれているため 構えて聴く必要のないリラックスした楽想にあふれ、 当時王室につかえていたハーシェルが主のオーダーに応えて作曲したんだろうなぁと伺わせます。

 そしてまた、モーツァルト1763年ごろ、8歳の時に作曲したの「ロンドン・ソナタ K10-K15」に似ているなぁ、とも思いました。 編成はハーシェルが 「チェンバロ、ヴァイオリン、チェロ」 モーツァルトが 「チェンバロ、フルート、チェロ」 という違いはありますが、 どちらもB.G.M.的な音楽で星を眺めながら聴くとぴったりです。

 ただし、先に紹介している「魅惑の音楽家−バースのリンリー一家との夕べ」と同一曲が含まれているので、ちょっとがっかりではありますが(笑)、まとまった形で聴くことができるのは何より喜ばしことです。


 以下、ハーシェルに関する著作を紹介します。やはり最大の読み物は斉田博の著作となりますが、他にもハーシェルにスポットを当ててくれた著作もあります。

 

近代天文学の夜明け/斉田博
 

 

星を近づけた人びと(上・下)/斉田博
 

 

ニュートンの時計/I.ピーターソン
第五章の『時計仕掛けの惑星』の中で天王星発見のエピソードを読むことができます。

 

望遠鏡が宇宙を変えた/R.パネク
天体望遠鏡を星空に向けた天文学者の物語。ハーシェルのエピソードは、作曲家としてのハーシェルの活動をうかがい知ることができます。

 

アインシュタインとヴァイオリン/西原稔、安生健
そういえばアインシュタインは趣味でヴァイオリンを奏でていました。音楽家と天文(数学)の関わりにスポットを当てた内容。当然ハーシェルも取り上げられているのですが…

 

現代天文学史/小暮智一
第5章「銀河と星雲の世界」の中で、ハーシェルの天空の探索のエピソードが描かれています。

〜京都大学学術出版の紹介文より〜
「初めて星の化学組成を明らかにしたロンドンのアマチュア天文家ハギンス,太陽をガス体と見なした特許調査官レーン,自作の望遠鏡で天空を探査した音楽家ハーシェル……
18世紀末から19世紀中葉にかけて現代天文学の扉を開いた彼らは,いずれも学界に縁のないアマチュア天文家だった。星の位置と運動を対象とする古典天文学から天体の物理的構造を探る天体物理学へ,その転換期を担った人々の生涯と研究を軸に,現代天文学の歴史をたどる。」

 

 私のハーシェルとの音楽の出会いは、1986年のNHK-FMで放送された番組。今も当時エア・チェックしたテープは保存状態も良く、時々取り出しては聴いていますが、当時の王宮で流行った雰囲気をしのばせる、まさに番組タイトルのまま「フレッシュな」響きを聞かせてくれます。
詳しくはこちらのブログで 星のソムリエの「星語り」

 

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