発売当初のレコード帯には「電子音楽」と銘打ってあったことを覚えていらっしゃる方も多いかと思います。アメリカでは、一足先にパトリック・グリースンによってシンセサイザー化されていた楽曲。冨田氏はファーストアルバムにドビュッシー、続いてムソルグスキー。3枚目にはストラヴィンスキーと前二作で取り上げられた2人の作曲家を再び登場させましたが、4作目にホルスト。確かに宇宙的なサウンドが第一印象にあるシンセサイザーですが、パトリック・グリースンとほぼ同時期に題材として取り上げられたことに多少の違和感がありました。

 冨田氏の「音の雲」の中に「ホルスト騒動」があります。これによると、彼にホルストをアレンジするようにリクエストしたのが、ピーター・マイヤーズだったと綴られていました。これで納得。
 アメリカでは、映画の世界でハリウッドのような大作と並行して、ケーブルテレビ網で同じ題材によるドラマを制作するのが常識になっています。当初、この話を読んだときに、ふと、そのことが脳裏をよぎったのですが、もしかするとマーキュリー・レコーズ(パトリック・グリースン)への対抗意識として、トミタサウンドなら太刀打ちできると判断し、この楽曲をリクエストしたのではないでしょうか。「トミタならパトリックなんかよりもっとすごいアレンジをしてくれる」と思ったのでしょう。ここにアーティストには見えないレコード会社の戦いがあったのかもしれません。
 
そして、誰の耳にも明らかなのは冨田勲のアレンジの素晴らしさ。「パトリックの惑星」はレコードのまま(2019年にようやくCD化されましたが、マスターテープからではなく、スクラッチノイズなどが聞こえていることから判断すると、アナログ盤から起こした音源と思われます。併せてヴィヴァルディの『四季』もCD化されました)、よほどのマニアでない限り、存在すら忘れ去られてしまっています。それに引き替え「トミタの惑星」は、1990年になって、NASAが協力し、ドン・バレットが監督した映像版も作られました(元々ストーリー性のあった演奏だけにラストシーンは衝撃的)。そしてDVDオーディオ、SACD化へと進化し続けています。アレンジとはまさにこういうもの、それを証明したのがこの「トミタの惑星」です。私の好きなシーンは、冒頭に登場する管制塔とロケットのやりとり、出しゃばる“パピプペおじさん”の活躍。そして天王星と海王星が交互にオーバーラップするアレンジに興奮してしまいました。

 パトリックと冨田氏の関係は、同じ曲をアレンジしたということでは終わらず、1980年に公開された映画「地獄の黙示録」まで引きずったようです。というのは、もともとコッポラ監督は、この映画の音楽を冨田に担当してもらうつもりだったようで、契約寸前まで打ち合わせをしていたようです。それが、契約に縛られてしまい、冨田に依頼することが出来なくなってしまいました。そこでコッポラが白羽の矢を立てたのが、こともあろうにパトリック・グリースンだったのです。冨田氏にしてみれば、あまりいい気持がしなかったんじゃないかなぁと、邪推してしまいました。



 2003年には、満を持してDVD-Audioによる音の次元をリミックスし直したアルバムがリリースされました。一部の間で話題となりましたが、現在ではフォーマットが流行らず後続がほとんど断たれてしまいました。冨田氏の書かれた『音の雲』の中で、このフォーマットによる続編に期待を寄せていたのですが… そういう私も、当時はこのフォーマットに親しみが持てず(高価だったということもあって)、ほとんど意識していませんでした。

 しかし、2011年以降、DVD-Audioが海外で見直され始め、英国のKing Crimsonなどが40周年記念と銘打ったDVD-Audioシリーズが好評となり、続けてELP、そして2013年秋にはYesがアナウンスされています。そして英国のTACETというレーベルが、が全方向性のSACDとかDVD-AUDIOを積極的にリリースしていることを知り、最近になってようやくDVD-Audioの環境(もともとSACDを聴くために構築しだした…)も整ってきたところで、このレーベルのアルバムを、そしてKing Crimsonを聞くようになったのです。それならばと、敬遠していた冨田勲の「惑星」に手を出すのは時間の問題で、リリースから10年たった今、念願のサラウンドを体験させてもらいました。

 アルバムの解説の中で「リメイク版」という表現をしていますが、22巻にまたがる素材音から再構築し、24ビット96kHzでデジタル・ミックス/リマスタリングしたそうです(それだけでも大変そうだぁ)。しかし、大胆なリメイクは施しておらず、個人的に「リメイク」という言葉は音像に対してと解釈しています。

「シンセイサイザー作品は、元々サラウンドということで考えていたんです。生オーケストラにはない、シンセサイザー音楽としての独自の存在感を出したかったから。モーグ・シンセから音素材を引き出して僕が音楽を作る、つまり役者にメロディという演技をさせる、その音を移動させたり対話させたりするためには、最低4つぐらいのスピーカーは必要だと思った。独自の空間という宇宙があることによって、オーケストラと太刀打ちできると考えたんです。もちろん、あれだけ売れたということは、2チャンネルシステムで聴いても十分面白みが伝わったということだろうとは思うけど、僕からすると、やはり皆、縮小版を聴いているような気がする。もっと広がった音場あるのに、平面的にしか聞かれていないという意識は、僕にはずっとありますね」
(DVDオーディオ盤「解説」より抜粋)
「映画のDVD化に伴って、サラウンドの装置に関心を向ける層が増え、中にはサラウンドも聴けるホームシアターまで作る人たちも出て来た。大容量のDVDのメモリーのほとんどをオーディオのために使用し、いままでにない高音質とサラウンドのDVDオーディオが現れ、徐々にではあるが5.1チャンネルのサラウンドが一般的に普及しつつあるのは、ぼくにとってやっと望んでいた時代がきた感がある。
 今後は30年前に完全なサラウンドオーディオにはでき得なかった、モーグシンセサイザーによるアルバムのDVDオーディオ用のサラウンド化に努めたいと考えている。すでにその中の『惑星』はコロムビアミュージックエンタテイメントのクラシックレーベルより発売されているが、現在『源氏物語幻想交響絵巻』『Snowflakes are Dancing』『展覧会の絵』などを手がけている」
(音の雲〜「あとがき」より抜粋)
「4チャンネルにした理由は、この音場にはとくにどちらが正面であるかということは基本的には決めておらず、5.1チャンネルのように、前方のセンターを加えると、どうしてもその方向が強調されてしまうため、前後左右が平等な4面ステレオを表すのにはふさわしくなくなります。もしセンターが必要であれば各面に全てセンターチャンネルをもうけなければならず、厳密には8チャンネルが必要になり、現実的ではなくなります」
(DVDオーディオ盤4.1チャンネルに付いて」より抜粋

 こうした冨田氏のモヤモヤを解消してくれたのがこのDVD-Audioだったというわけです。私はSACDから先に聴いてしまったのですが、ようやく体験できたDVD-Audioの方が衝撃度は大きく思いました。低音はSACDに軍配が上がるかと思うのですが、音の切れ(ストリングスの切れるような透明感!)や、冨田氏が表現したかったサラウンド効果のクリアさは、さすがのSACDでは太刀打ちできていません。面白いのは、どの方向に向いていても音場の斑のようなものがなく、どのパートも鮮明に鳴っていることです。パピプペおじさんの通信対話もあっちのスピーカーからこっちのスピーカーへ、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのパートが左右にしっかり振られて音が対決していたり。DVD-Audioならではの遊びが休む間もなくなり続けてくれます。
 5.1chにしてしまうと、フロントスピーカーに音が定位してしまうので、あえて4chに作ったというのも、サウンドクリエーターらしい冨田氏のこだわりでしょう。これを聞いてしまったら、SACDでも色あせてしまいます。これに太刀打ちできるとしたら、先日、幕張で開催されたコンサートのように、広い会場で大スピーカーから遠慮なく流れ出すライヴ以外にないのではないでしょうか。



 このSACD化はレコード会社の宣伝によると、2012年に冨田氏が80歳を迎えるにあたり、立ち上げたISAO TOMITA PROJECTの一環としているようです。今後(というかCOMING SOONになってます)、月の光、展覧会の絵、omnibus album (宇宙幻想・大峡谷etc)・・・と続くようです。楽しみぃ!
 この新たに蘇った音の迫力は、さすがSACDの威力でしょう。もはやホルストの「惑星」ではなく、完全なる冨田の「惑星」であることは疑いの余地もありませんが、今回は木星と土星の間に「イトカワとはやぶさ」が博士へのレクイエムとして追加作曲されました。遠い宇宙を孤独に旅したはやぶさへの思いが、しみじみと伝わってくるようです。

 『レコード芸術』誌2012年6月号のインタビューの中で、ご本人は1977年の同作品を「封印したい」とか語っていましたが「嘘でしょ!と思いました。そういえばかつてNHK-FMの第5夜の中で「僕の意志とは関係なく、奴ら(コンピュータ)の意志の方が前面に出てしまい…」と語っていましたが、このアルバムを聴いているとき、その事を思い出しました。「当時はこの音を使いたかったのかなぁ」って。
 ジャケットなどは大幅に差し替わっていますが(う〜ん、これには正直閉口してます)、アナログ時代の音がそのままクリアになり、それがSACDのサラウンドと合わさってサウンドクラウドが、更に広がりと奥行きとを形作っています。
 とにかくびっくりしたのは、低音のすさまじいこと。1曲目の火星からズーンと体に響いてくる低音は、今までに体感したことがありません。まさにSACDの恩恵ではないでしょうか。残念ながらDVD-Aは自然消滅気味となってしまったので、これからは是非とも全作SACD化を実現してもらいたいものです。




  1976年版 DVDオーディオ版 SACD版
管制塔のやり取りと打ち上げ 03'10" 03'54" 02'50"
火星 08'07"(11'17") 07'37"(11'31") 08'17"(11'07")
金星 08'39" 09'22" 09'21"
水星 05'24" 04'39" 04'44"
木星 09'24" 07'39" 07'33"
イトカワとはやぶさ - - - - - - 03'23"
土星 08'04" 08'14" 07'58"
天王星・海王星 09'48" 09'25" 09'14"


☆「トミタの惑星」は、宇宙空間を漂うような、宇宙から呼びかけてくるようなサウンドで始まります。そこへ木星の第4主題のメロディがオルゴールで奏でられるのですが(これがエンディングと呼応している)、DVDオーディオ版、SACD版のオープニングは、それらはカットされ、いきなりのファンファーレで始まります。
 上記の時間は、各プレイヤーでの実測ですが、オープニングの「管制塔〜」は曲目としてクレジットに表記されているのではなく、あくまで個人的に表記したものです。実際のクレジット上では、それらを含めて「火星」となっていて、表の火星の()内が「火星」としてクレジットされています。
 また、レコードでは、火星、金星、水星までがA面、木星、土星、天王星、海王星がB面にそれぞれ収録されていました。


 
 
 
 

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