アイルランドの伝説的なバンド、The Bothy Bandのマイケル・オドネルは、バンドを解散させた後、ソロとしてアメリカに渡り、1979年にKevin Burkeとツアー中に、オークランドのジャズ・バンドEverything's Jakeのメンバーだったビリー・オスケイと出会いました。すでにビリーはスタジオを所有していて、そこにミホールがデモテープ(Bridges、False Spring、Duo)を持ち込み、更に二人で発展させたテープをウィリアム・アッカーマンの元へ送りました。そして1年の後、ウィンダム・ヒルより『NIGHTNOISE』がリリースされたのです。 おのおのの経歴は、1970年代前半まで遡りますが、アイルランドからアメリカにやってきたマイケルは、この時期、Metamoraのメンバーとソロや、ビリーとコラボレーションしたように、様々なアーティストのアルバムに参加しています。また、後にナイトノイズのメンバーとなるジョニー・カニンガムらと平行してReletivityというグループでも活動していました。 2001年にマイケルらメンバーが故国へ戻ったために、米国を活動の拠点にしていた彼らの歴史はピリオドを迎えることになります。ただし、マイケルをはじめとするメンバーは、現在もそれぞれ活動し、2001年には兄弟揃って来日公演を果たしました。 オリジナル・メンバーだったビリー・オスケイはプロデュース業に専念し、表舞台には出てこなくなってしまいましたが、彼の制作するアルバムには、やはりどこかナイトノイズ的な香りが漂っています(ハープギターの名手ジョン・ドーンや、Big Red Studioでのプロデュースが多いようです)。 フルートのブライアンはクリスマス・アルバムでおなじみのジェフ・ジョンソンと共に、現役で(笑)ウィンダム・ヒルに曲を提供しつづけてくれています。そして、残念なことにジョニー・カニンガムは2003年12月15日に心臓麻痺で、マイケル・オドネルが2006年7月9日に自宅での転落事故で他界しています。 ちなみに、ウィンダム・ヒルが日本に紹介された時点で、ミホールを「マイケル・オドネル」と表記していましたが、私も当時に習ってマイケルと表示しています。 |
Mícheál Ó Domhnail ; Guitars, Piano, Keyboard Billy Oskay ; Fidle, Piano, Keyboard Tríona Ní Dhomhnaill ; Piano, Keyboard,Vocals Brian Dunning ; Flute Johnny Cunningham ; Fidle John Fitzpatrick ; Fidle |
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