5月13日「おくのほそみち・3」
 名残惜しげに映る山々も、とうとうトンネルに入ってしまったために別れなければならなかった。短いトンネルだったにもかかわらず、文字通り“トンネルを抜けると…”そこは別世界だった。
 山も川も、空気までも童話の世界、宮沢賢治のはぐくんだ世界が広がっている。国道を逸れ田舎道に入り込んで車のエンジンを切ると、サムトの婆とはまったく違う、のどかな(しかもポカポカしている)雰囲気に満ちあふれていた。

 この差は文学的なイメージから来る差なんだろうけど、車を降りて「う〜ん」と体を伸ばしてみて気がついたことがある。それは、遠野では四方を神々の住む山々に取り囲まれていたが、ここではこの空気を閉ざすような山もなく、遠く花巻まで見通すことができたのだ。

 閉ざされた陰の世界が遠野で、解放された陽の世界が賢治の童話の世界…。生活、風俗をまとめあげた柳田国男の民話と、おとぎ話を創作した童話の違いもあるだろうが、その2つの世界が隣り合わせになり、山を隔ててトンネル一本で結ばれているというのも不思議な気がする。

 いつだったか、藤井旭氏の写真集の中にイギリス海岸から見た夜景の写真を見たことがあった。そこには「街灯がまぶしくて…」、だったか「曇っていて…」だったかで、星の写真が撮れなかったようなことが書いてあったと記憶している。賢治記念館の図書室であがた森魚さんが朗読している『よだかの星』を聞きながら、窓の外をぼんやり眺めていたらそのことをフト思い出した。「イギリス海岸で星空を見たい」

 大川内宿に行くつもりもなかったし、それを思えば時間はたっぷりあるしで、「星野写真は無理だけど宵の明星ならどうかしらん?」と思い、さっそく記念館を後にするとイギリス海岸と西の空がファインダーにうまく収まる場所探しだ。

 市街地に入り込むと一方通行やら、駐車禁止やらでうまく車を止めることができず、賢治の墓参りを済ませた後夕食をとり、以前撮った場所へと車を移動させる。懐かしい場所ではあるが、そこからだと対岸は東の空になってしまった。

 どうにかして反対側に回り込むと、ここからは花巻市街のネオンと宵の明星が収まりそうだ。川面にも空が映ってくれるのでイギリス海岸の雰囲気を収めることができた。およそ銀河鉄道とはかけ離れてはいるものの、それでも何十年もの時を隔てて仰ぎ見る星空や夜景に賢治の思い描いた世界の中に入り込めたような気がする。


対岸のネオンが川面に鮮やかな彩色をにじませ流れてゆく。

---一番星のなる木(1999)

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