5月11日「おくのほそみち・1」

 新居への引越のために休暇を取ったものの、先住の方の行く先がまだ住める状態ではないという連絡をもらって、1週間ほどの余暇ができてしまった。ならばということで、ひとり遠野へ行くことにした。独身最後の自由時間などと書いたら怒られるだろうか。前回からちょうど10年ぶり。今度は新幹線ではなく、国道51号線を北上し、太平洋岸をひたすら遠野へ向かう行程を選んだのである。

 なにも現代の、スピード時代にわざわざ時間をかけて行かなくたって、あっという間に日本列島を縦断できてしまうご時勢である。それをあえて時間を掛けるようにしたのは、遠野が僕にとって特別な場所ということもあるし、遠野という場所がどれほど僕から離れて存在しているかということを確認したかったからに他ならない。だから僕が「遠野まで24時間かけて車で行って来たよ」と言うと、ほとんどの人が呆気にとられたような「よくやるわぁ」という表情を見せてくれた。しかし、誰に何といわれようと、心に深くしまってある風景を、糸もたやすく引っぱり出すことはしたくないのである。つまり、移動時間がもったいないからといって、便利な交通機関を使うという手段はとりたくないのだ。そこに辿り着くまでの時間がすでに旅の始まりであって、その旅の半分以上の楽しみを含んでいると思う。地図(2万5千分の1)をめくると、僕のいる千葉からは4ページも先になってようやく遠野という地名を発見することができた。そんなにも遠かった場所なのかと改めて思い直してみたものの、すでに思いは遠野の懐かしい風景の中にいたので、たとえ何日掛かろうとも、その気持ちのぐらつきは全く頭をもたげることはなかった。 地図(2万5千分の1)をめくると、僕のいる千葉からは4ページも先になってようやく遠野という地名を発見することができた。そんなにも遠かった場所なのかと改めて思い直してみたものの、すでに思いは遠野の懐かしい風景の中にいたので、たとえ何日掛かろうとも、その気持ちのぐらつきは全く頭をもたげることはなかった。

 旅は気ままな寄り道が出きるだけの余裕を持ちたい。まさに今回はそんな旅で、今日の寝床など気にせず、日暮れも気にせず、気になるところに車を寄せる。伊師浜海岸の手前で宵の明星がサイドミラーに姿を現したところで車を休めた。うちで見る金星と、何ら変わらない輝きにホッとする。
 国道6号線を走り宮城県に入ってからは4号線、仙台市街を走っていると“松島”という看板を見かけ、急遽その松島に会いたくなって45号線に乗り換えた。すでに夜中の1時を回っていたが夜の松島はこれで2度目のことになる。以前は夜行列車の車窓から仙台火力発電所の赤々と燃えさかるフレアスタッグの空の下に何とかシルエットだけを見ることができたのに、今回は黒い闇の中に時々白く割ける波頭が見えるだけで、その存在を見せてはくれなかった。そのかわり何度か歩いた通りや過剰とも思える土産物屋の看板なんかがめざましく通り過ぎ、「松島という観光地はここですよ」と肩代わりしてくれたようだった。それにしても以前ここを歩いたときに、まさかこんな夜中に車でこの通りを走り抜けるなんてことは思いもよらぬことだっただろう。懐かしい風景がフロントガラス越しに流れていった。

---一番星のなる木(1999

 

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