5月12日「おくのほそみち・2」
 今までの旅と違う点は、すべての風景を目に焼き付けながら目的地に向かわなければならないということだろうか。というのは電車や飛行機、またはバスにしても目的地までは他人任せの乗り物に乗っているから、眠たくなったら寝てしまえばいいし、時間が食い尽くせなくなったら友達としゃべったり本を読んだりして気を紛らせることができた。しかも意識をしなくても体は勝手に目的地へと確実に運ばれていくのである。
 しかし今回は通り過ぎる町や村、山や海などのすべての景色をこの目に焼き付けながら先に進まなけらばならなかった。「寝てしまったら最後…」なんて言わなくてもわかってもらえるだろうが…。

 近距離ならいざ知らず、およそ600キロ近く離れた里に行くのに一体いくつの町やらを越えていったんだろう。芭蕉の偉業には遠く及ばないが、ひとつひとつの町がルームミラー越しに通り過ぎるのを見るたびに車という足を使ってはいるものの、陸奥を歩いて渡った芭蕉の心に少しでも触れることができるような気がして、気持ちが高ぶるばかりでいっこうに睡魔などに苛まれなかった。

 それにしてもどこまで行っても人家があるのには驚かされる。眠らない街も多く、時間の感覚がわからない風景にいくつか会った。国道を走っていったからなのかもしれないけど、“町”は寝ているが“街”は起きている。そして“村”では、まだ夜が明け切らぬうちから畑仕事をするための火をチラチラ 残していた。そこら辺の風景を見つけだすのも今回の旅のおもしろさだろう。

 行きと帰りに一回ずつ国道脇のドライブインで車を休め、ついでに目と体もつきあった。大型トラックに挟まれて仮眠を取る。こんなこともあろうかと毛布と枕を持っていったのだが、東北の夜は思った以上に寒く、特に車の中は暖房を入れないと毛布を掛けていても寒くて寝た気がしないほどだった…。寒くて眠れないというのと、角度の着いたイスで安眠しようといろいろ体の位置を変えているうちにそろそろ東の空が白味始め町も起き出してきそうだ。

 三陸海岸で日の出を迎えた。もうちょっと手前で気がついていれば海から生まれ出る太陽が見れたのに、残念ながらわずかながらの岩礁がそれをさえぎる姿になってしまった。
 ここまで来れば、あとはもう釜石まで目と鼻の先といった気持ちになり、気分はずっと楽になった。だから昨日はやらなかった一休みや見学を繰り返す寄り道(碁石海岸と気仙隕石落下地点)をしたにもかかわらず、平日の国道もここまで来ると渋滞などなく足はどんどん先へと進むことができた。休憩にしてもフロントガラスを間に挟んで見上げる青空と、さわやかなそよ風がいつまで僕の足をとどめておこうとしているようだった。

 今回の目的一つである「曲り家」へ電話したのはお昼前だった。遠野はすぐのところ。しかし電話口からは「本日は団体客が予約しているので止まれない」という返事だった。うーん、ここまで来て門前払いか。まぁ、なんの予告もなく電話して、響これから止めて欲しいなどと虫が良すぎるかなと思ったから、どこか別なところを当たるつもりで、また風任せにハンドルを握ることになった。

 柳田国男の『遠野物語』や井上ひさし氏の『新釈遠野物語』を読んでいたから、釜石は港町と知っていたし、製鉄所関係の工場もあると聞いていた。だから活気に満ちた港町なのかと思っていた(というのもここに車でろくな食事をとっていなかったから、ここらでおいしい海鮮料理、寿司などを食べようと考えていた)のに、油の焼けた枕木の匂いがする以外は何の臭いもしないほど小さな所にいろんな物が密集した町だった。

 結局釜石では何も口にすることもなく助手席に広げられた道路地図に目を落とすと、遠野に抜ける国道が「どうぞこちらを通って下さい」と言わんばかりに地図上で誘いをかけてくる。でも僕は長年暖め続けていた笛吹峠を通りたくて、わざわざ遠回りをした。

 笛吹峠。

 標高はあまりないとはいうものの、当時馬方や行商人がここを歩いて越えたことを考えると相当きついことが窺える峠だ。何も知らずに通り過ぎてみるならば、高原のさわやかな風がまぶしいほどに輝きだしたカラマツの間を抜けてゆく清々しい山越えとして目に映るのだろうか。でも僕の目には、そうは映らなかった。きっとあこがれ続けた土地ではあるし、笛吹峠に寄せる思いが実際の風景よりも物語性を持って見てしまっているであろうことは容易に理解できた。

 風がどうっと鳴ってカラマツを揺らしてゆくのを見れば天狗とか山人の気配を感じたし、笛吹峠で車を止めて遠野盆地を見下ろすと、いたずらな妖怪が僕の姿を見つけて一足先に降りていく後ろ姿なんかが見えた。きっと先回りして僕にいたずらしようとたくらんでいるんだな。
 引き帰るつもりなど全くないにしても、ここで峠を越えずに釜石に帰るようなことがあれば、さわやかな高原を味わうにとどまっただろう。しかしこの峠を越えるだけで10年ぶりに『遠野物語』のページをめくり出すことができるのである。

 十年ぶりにやってきた遠野。というよりも僕にとっては遠野イコール曲り家になっている。そのことを主人に話すと「あるいはそうなのかもしれない…」そうつぶやいた。十年一昔というけど、変わることのない遠野というイメージを持ってきた僕にとって悲しい出来事を知らされた。みんながお母ちゃんと親しんできたおかみさんが昨年亡くなり、100年近く遠野を語り継いできた曲り家の屋根がかやぶき屋根から鉄の屋根に変わっていたことだ。人も自然も、時間の流れや自然の摂理には逆らうことができない…。そんな一面を突きつけられたような気がした。
 そのことを話してくれた主人にもどことなく語調に元気がなかった。庭でそんなことを話していると「三沢から飛んで来るんだ…」という戦闘機が、遠野という土地の時間も空間も無視してすさまじい爆音だけを残して上空を通過していく。「これじゃ妖怪たちも出てこないじゃないか」姿を見せない戦闘機に向かって文句を言ってやろうと空を見上げても、何事もなかったかのように静寂だけが戻ってきたのに、その対比もどこか悲しげだった。

 囲炉裏を挟んでご主人とふたりっきり。自然の時間の流れに身を任せて遠野のこと、お互いのこと、これからのことなんかを薪の変わりに囲炉裏へとくべていく。パチパチと薪のはぜる音は昔となんら変わらない。

 一人部屋に戻り、当時のことを思い出しながら今の遠野と結びつけていた。すると遠野にいるすべての妖怪がこの曲り家を一斉に揺らし始めたのである。そう、笛吹峠でチラッと見かけた彼が仲間を集めてきてくれたのだ。昼間遠野を歩いて回っていたときに、僕のように遠野を観光している人に誰にも会わなかった。だから僕は「遠野に来たのは僕一人だけか…」と思っていたら、暇を持て余している妖怪たちが僕一人だけのために歓迎の儀式をしてくれているんだ。

 ガタガタ、ミシミシと、曲り家を組み立てているすべての材木に意識があって揺れているかのような揺れ方だ。それに追い打ちをかけるかのように妖怪たちが大きく揺らす。庭に集まっている彼らの息吹さえ伝わってくるような揺れ方に驚いてみたものの、どうすることもできずただフトンにしっかり掴まって彼らの歓迎がおさまるまでジッとしているほかなかった。

 「今日は団体客で一杯」と断られたが、こうしてひとりで泊まっている。宿泊客は僕ひとりしかいない。

---一番星のなる木(1999)

 

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