1月29日 「銀河鉄道の夜」

 いつもの年なら、今頃のこの時期になれば春のようなトロンとまどろんだような星空が広がっているはずなのに、今年は暖冬の影響も手伝ってか、時々ハッとするような澄んだ青空が戻ってきてくれる。今週もずっと西高東低が続き、北風も木々の梢を揺らしてくれていたおかげで、南極老人カノープスが毎日のように姿を現してくれている。

 今日も日が暮れてから、ずっと空の状態が良く、ようやくうちの庭からもその全身が見えるようになったオリオンが僕を見るなり、慌ててそっぽを向いて「来いよ」という。何人かに声を掛けてみたものの、結局は一人で出かけた。

 今日はいつもの場所ではなく、羽鳥の先に広がる水田の中で見ようと思い車を走らせた。ここからだと、僕が良く描く絵にどことなく似た光景、すなわち町のシルエットの上にカノープスが見えたので嬉しくなってしまった。

 しばらく双眼鏡でカノープスの表情を眺めたあと、ホタルを見に行った鹿島川に架かる橋の上に移動した。川のシルエットとカノープスが上手く構図に収まってくれればと思って、橋の上に行くと、見事に星たちが川に映っている。というより泳いでいると言った方が当たってかもしれない。足下の川は真っ黒で(なんで黒いかはわからないほど)本物の宇宙のような色をしていた。それでも川には水が流れているから川面は波だっているんだろう。星がユラユラ揺れている。遠い橋の上を列車が渡ってゆく。辺りは真っ暗だから、車内灯の列だけが動いている。僕はその時、宮沢賢治のある作品を思い出した。いうまでもなく『銀河鉄道の夜』だ。僕が今見ているのは、川面に映るシリウスやオリオン座、反対側には北斗七星がきれいに映っていて、川の水をすくっている。あの作品を書いた賢治は、“星祭り”の頃、頭上に架かる夏の天の川が北上川に映る光景を目にしていたに違いない。そういう説は前々からあったらしいが、実際にそういう光景を目にしている今、賢治だったらそれを題材にして当然だろうと思う。

 地平線から沸き上がるようにして見ることのできる夏の天の川が、川の(水平線)先に見える場所があれば川面に映った天の川が自分の足下まで伸びてくる。あの頃ならきっと夜も今よりずっと暗かっただろうから、地上と空の境なんて区別がつかなかっただろうと思う。足下にある天の川が切れ目なく空まで続いていたからこそ、カンパネルラを追って土手づたい(天の川)にそって走り出したジョバンニは、そのまま銀河鉄道のレールを走って汽車に乗ることができたに違いない。

 再び遠くを走る列車のカタンカタンという音がして我に返り、室内灯の列が川と空の境を横切って行くのが見えた。

---ほしにっき(1998)


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