宵の明星(2016/06/07外合〜2017/03/25内合)
 太陽の向こう側に回って外合となった金星の姿を宵の明星として見つけたのは8月。それから約9ヶ月近く、太陽が沈んだ夕空に美しい姿を楽しませてもらいました。

 

2016/12/31(18h09m)。

  2016年最後の宵の明星は、月齢1.3の月と仲良く並んでくれました。冬の澄んだ空は都会のシルエットもクッキリと浮かび上がらせています。母の介助の帰りに県境でパチリ。 月が消えるまで頑張って眺めてました。

 

2017/01/07(19h00m)。

 正月7日。七草粥の日。日没(16h42m)は冬至(16h30m)と比べ早まっているとはいえ、まだまだ冬の装い。火星も明るい。

 

2017/01/09(18h11m)。

 住宅地の中に輝く宵の明星は、まさに飯炊星の何ふさわしい風情をもたらせてくれます。忙しいひとときですが、こうしてホッと西天を眺める時間があることを幸せに感じます。

 

2017/01/21(17h52m)。

 日が沈んで、ちょっと気を許していると町の灯りが空に反映されて、美しく群青色にグラデーションが掛かって息を呑むほどに美しく染まってくれるのに、この時間だとすっかり灰色に。しかしカメラのホワイトバランスを蛍光灯モードにすると青っぽく写って、それなりに「星空」をイメージさせてくれるのですが(上の1/9がまさにソレ)、時として太陽モードで写しても、生活感が出てくれるので、それはそれなりに良かったりします。しかも下に町の風景が写り込んでくれるときは。

 

2017/02/03(18h42m)。

 20年ぶりに屋久島へ。宿(民宿ぽんかん)に向かう手前で出迎えてくれたのは、宵の明星と火星。空の色がまるで違う。このあと、カノープスが姿を見せてくれて以降、晴天に恵まれることはありませんでした。

 

2017/02/11(17h53m)。

 翌日の市民講座(大和市シリウスホール『星空の芸術』)に備えて、新しい写真を見てもらいたかったので、スーパー帰りの車を寄せて。そうだ、このカットはかつての『一番星のなる木』のよう。

 

 2017/02/16(17h58m)。

 いつもの印旛沼。しんと静まり返った沼面を水鳥が着水する音が響いて驚いてみたり、連なる車の光線を眺めたり。これだけの空だから、手が冷たかった感覚を思い出します。

 

2017/3/11(18h18m)。

  もう6年も前になってしまいますが、東日本大震災が起きました。当日は職場から家に帰ることができず、翌3/12の夕方の空に上弦前の月齢7.6の月が、この宵の明星のように西天に傾く姿を見ました。あれから時が経つとともに、特に被災地以外の人の記憶は薄れていってしまうのでしょうか? 何ごともなかったかのように、いつもと変わらぬ天界の表情を眺めていると、時として無情に近い冷たさを感じるのはなぜでしょう?

 星空を眺める時にわき起こる感情は、その人の心情に左右されると思うのですが、野尻抱影が『星三百六十五夜』の中で、原爆を体験した女性に捧げた一編の詩篇(ラロッサ)の詩を思い出します。

 

我々の喜び 我々の嘆きを 星は永久に聞き取りはしない
しかし 星々の輝きは 我々が喜び 嘆きに耐えうるよう
いつも優しい調子を 保っていてくれる

 

もう、あと2週間ほどで内合。この姿も見納めとなります。

 

 

夕星よ 光をもたらす暁が 散らせものを そなたはみなつれ戻す 羊をかえし 山羊をかえし 母のもとに子をつれかえす
断片95(サッフォー)