星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

フィリップ・カッサールのドビュッシー

 1990年フランスのレーベルADDAからデビューしたフィリップ・カッサール(1962〜)は、フランツ・リストが愛奏したといわれるドイツのピアノ、1900年製のベヒシュタインを使って、ドビュッシーのピアノ作品をレコーディング、デビューしました。そしてアルバムによって、年代の違うベヒシュタインを弾き分け、古楽ファンである私を楽しませてくれました。

 1999年の演奏会で、私のとなりに座った彼のマネージャー曰く、全4枚で『ピアノ曲全集』は完結したそうですが、たとえば連弾曲や、それがピアノ・ソロになった楽曲(6つの古代の墓碑銘など)、あるいは声楽曲でもこのピアノを使ってレコーディングしてもらいたいと思いました。というのも、デビューアルバムでカッサールが寄せている言葉を借りれば“ドビュッシーはドイツ製であるにもかかわらず、あまたのメーカーの中でベヒシュタインを好んだ”そうですから。

 たしかに良く聴かれるスタインウェイのキラキラとするような響きと違って、このピアノの響きはドビュッシーが思い描いた夜の音楽を、これ以上なくすんだ音色、絵画のタッチのような輪郭のない音を響かせてくれています。水墨画を見るようなくぐもったような響き、といったらよいでしょうか。

 さて、カッサールは1999年1月10日に、非常に興味深い演奏会を日本で行いました。下記に曲目などを掲載していますが、これは、1993年にフランスのブザンソン・フェスティバルを皮切りに行われている【ドビュッシー:ピアノ・ソロ作品全曲演奏会】の日本公演です。場所は武蔵野市民文化会館小ホール。これまでにロンドンのウィグモア・ホール、マルセイユ・オペラ・ハウス、ポルトガル、アイルランドで行われました。

 



前奏曲集(1900年製ベヒシュタイン)

前奏曲 全集(1990年録音)

 カッサールの記念すべき日本デビュー盤は、1900年製のベヒシュタインを弾いての前奏曲全集でした。

 「ドビュッシーが愛奏した」という言葉に魅せられて、初めて聴くベヒシュタインの音色。このピアニストのドビュッシーに寄せる演奏の虜となった衝撃の作品集です。


1999年1月10日(日) 東京都武蔵野市民文化会館 小ホール

第1部(11:00〜)75分
【映像第1集】
小さな黒人
夢想
ハイドンをたたえて
ベルガマスク組曲

ジャン・フィリップ・ラモー
【新クラウザン曲集】よりガヴォット(と6つの変奏)

【ピアノのために】


第2部(14:00〜)75分
【版画】
【6つのエチュード第1集】
英雄の子守唄
コンクールの小品
悲歌
【子供の領分】

リヒャルト・ワーグナー/カッサール編
【ヴェーゼントンクの5つの詩】おり
第6番「夢」

【6つのエチュード第2集】


第3部(17:00〜)75分
2つのアラベスク
【忘れられた映像】
ボヘミア舞曲
スティリー風タランティラ
ノクターン

ガブリエル・フォーレ
ノクターン第6番 Op63

【前奏曲集第1集】


第4部(20:00〜)2時間休憩有
レントよりも遅く
ロマンティックなワルツ
マズルカ
バラード

フレデリック・ショパン
舟歌 Op.60

【1904年の3つの小品】
マスク
スケッチ帳より
喜びの島

〜休憩〜

【映像第2集】
【前奏曲集第2集】



 カッサールではありませんが、2004年には、やはりドビュッシーが好んだ音色を奏でる1907年製のブリュトナーを用いて、2つの前奏曲集をリリースした米国のピアニスト、Elaine Greenfieldのアプローチもなかなか興味深い演奏です。こちらもベヒシュタインの音色に似て、くすんだ世界を紡ぎだしています。
 ピアノの世界では「西(ライプツィヒ)のブリュートナー、東(ベルリン)のベヒシュタイン」という抗争(笑)があったそうですが、いずれもドビュッシーがドイツのピアノの音色を好んだというのは面白いです。

前奏曲全集
Elaine Greenfield

1907年製ブリュトナー(2000年録音)

 前作ではカッサールと同じくベヒシュタインを奏でて『前奏曲集』をレコーディングしたアラン・プラネスが、今回は1902年製のブリュトナーを用いて、子供の領分、ベルガマスク組曲、映像1&2集他をレコーディングしました。プラネスには二度目の全集を目指してくれるのでしょうか?しかも毎回ピアノを替えて?非常に楽しみなプロジェクトになっています。
1902年製ブリュトナー(2005年録音)

『ドビュッシーへのトンボー』と題されたアルバムで、10名の作曲家によるドビュッシー追悼(トンボー)の曲が収められています。ドビュッシーの『映像第2集』をはじめとする小品も6曲演奏されています。
1907年製ブリュトナー(2010年録音)


映像ほか(1900年製ベヒシュタイン)

映像第1集
映像第2集
忘れられた映像
版画
スケッチブックから
マスク(仮面)
喜びの島
(1990年録音)

『映像』から『版画』への流れは、ドビュッシーのピアノによる印象主義が凝縮した作品ではないでしょうか。特に第1集の第1曲「水の反映」のモノトーンを思わせる響きは、このピアノを起用した意味をもっともよく感じることができます。未だかつて聴いたことのないドビュッシーの音世界の広がり。



「映像」ほか小品集 (1898年製ベヒシュタイン)

ピアノのために
ベルガマスク組曲
ボヘミア風舞曲(ジプシーの踊り)/マズルカ /舞曲
小さな黒んぼ/レントよりも遅く/ロマンチックなワルツ
子供の領分
(1991年録音)

 ドビュッシーのピアノ曲の中では比較的ポピュラーな組曲が収録されています。ドビュッシーの思い描いた響きが、くすんだベヒシュタインによって中国の水彩画のように新鮮な音色で聴く喜び。「月の光」も、満月の輝かしい白ではなく、夜更け過ぎの柔らかい音色となって降り注いでいるようです。



「練習曲集」ほか小品集 (1898年製ベヒシュタイン)

/エレジー/コンクールの小品
練習曲集
英雄の子守唄/ 2つのアラベスク(第1番、第2番)
バラード/ 夜想曲/ ハイドンを讃えて
(1993年録音)

 エチュードを軸に、小品が散りばめられています。このアルバムでいちおう全集として完成しました。きらきらときらめくようなタッチの曲も、ベヒシュタインの音色は、それまでと異なり、ドビュッシーが耳にした音色として優しく奏でられています。


 2012年はクロード・ドビュッシー(1862-1918)の生誕150年。それに併せてカッサールが、かつてベヒシュタインを奏してレコーディングしたドビュッシーの全アルバムの再発と、新録がレーベルを変えてリリースされます。
 カッサールは「ドビュッシーが愛した音色」のベヒシュテインを使ってレコーディングしたことで脚光を浴びましたが、今回のレコーディングではベヒシュテインを演奏せず、デュオ・パートナーのフランソワ・シャプランに合わせてヤマハのピアノを使用しています。



 ピアノ・ソロ全集
 過去にベヒシュテインを使って録音された4枚の他に、2011年のボーナストラック化に際し、モダンピアノを使って、新たに発見された「燃える炭火に照らされた夕べ」と「負傷者の服のための小品」が追加されたのが目玉でしょうか。できることならばベヒシュテインで録音してほしかったですねぇ

 

 ピアノ・デュオ作品集
小組曲
リンダラハ
白と黒で
管弦楽組曲第1番
牧神の午後への前奏曲
 もう一枚は、フランソワ・シャプランとのデュオで、2台のピアノ、連弾による作品集です。シャプランも2007年に全集を完成(私はまだ未聴です)させ、若手ピアニストの中でも、ドビュッシー演奏にかけて注目を浴びている存在のようです。このアルバムの注目は『管弦楽組曲第1番』のピアノ版です。
 

ドビュッシーの世界

マラソン・コンサートのパンフよりメロディ

ドビュッシーのピリオド演奏

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