柳田國男の「遠野物語」
 ところで『遠野物語』って、いったいどんな物語なのでしょうか。私の第一印象は、現代と何ら変わらない、ある意味ワイドショーで取り上げられるネタと同じ類のドロドロした人間関係が目につきました。「これは実話なのかな?」といったところです。そこにカッパやザシキワラシなどの物の怪が唐突に登場します。柳田は怪談とかオバケ・妖怪などの表現をしていませんが、それがかえって現実味を増し物語では当たり前の出来事として語られているので、不思議な魅力にとりつかれてしまうのです。「これがは一体 何?」 そう思いました。1910年に出版された不思議集。とでも紹介しておきましょう。
1989年12月1日(金)鈴木サツさんを囲んで。遠野曲り家にて。
 最近、この本が成立する過程を読みました(「物語の世界へ」石井正己著)が、そこには柳田國男と佐々木喜善との意外なやり取りが書かれていて、なにやら新たな魅力というものを感じ、再び遠野物語にとりつかれてしまいました。

 たとえば、著者である柳田は佐々木と違って、遠野物語が出版された際、おおっぴらには語られない遠野の話が多数含まれていたために「遠野の人々に読まれることを恐れていた」ことや、本書では敢えて表現しなかった“怪談”とか“お化け話”を二人の時は、それを「お化け会」と呼んでいたということ。そして佐々木を「お化け問屋」とからかったといいます。

 なんの予備知識もない読者が、遠野物語を手にした時、そこに書かれている物語が、あまりにもリアルな人間関係だったり、突然カッパが出てきたり、天狗の話にかわったりして驚愕するでしょう。ややもすれば柳田が(敢えて避けた)表現しなかった怪談というジャンル(いわゆる創作)ととられても、何らおかしくないのに、本編では“伝説”と最初に断るだけで、「創作ではなく遠野で語られる事実」と思わせるための、そこには柳田の策略があったようです。つまり『妖怪談議』で論じているとおり、昔話は「作り話」で、伝説は「今でも若干は信じるものがある」と分け、「遠野の人が平地人を戦慄せしめる」伝説として、組み替えたというのです。

 おもしろいのは、遠野物語を出版する前に出版された『石神問答』の広告文。
「西洋の学者に手を下されると悔しいからちよいと先鞭を着けて置くとのこと也」というところ(明治43年5月28日付読売新聞)。そしてその一文が、その直後(6月)に出版された『遠野物語』の冒頭に書かれた“此書を外国に在る人々に呈する”と繋がるのです。

 石井氏の著作により、今まで知り得なかった遠野の魅力を伝える最大の源である遠野物語の意外な一面を突きつけられた感じになりましたが、かといって私の遠野熱が冷める訳ではありません。また、最近では『遠野物語』が伝えきれなかった面を、鈴木サツさんをはじめとする語り部のによる遠野の再発見、ひいては日本民話の世界に浸ることが最大の楽しみになっています。それが遠野の原風景に戻る近道になっているのかもしれません。



「柳田國男全集第1巻」
 遠野物語は、活字になっている姿から受け取る印象が、もっともインパクトが強いかもしれません。とはいえ、文体が難しいので、何を意味しているのか分からず立ち止まってしまうこともありました。そこで、朗読している音源がないのかなぁ、とを探してみたら、東京AVセンターから出版されている朗読ライブラリーの中の「柳田国男作品集」の第1巻に「遠野物語」全話を朗読している音源がありました。

 朗読をしているのは瀬能礼子さんで、カセットテープが2本、 158分で119話目の「橋ほめ」の歌以外、全部朗読してくれています。ただ、癖のない声質のため、どことなくフィクション化された「小説」っぽい雰囲気を強く感じるかもしれません。つまり、この作品のもつ遠野のおどろおどろしさが感じらないので、野物語を読んでいない人にはお勧めしません。遠野物語を活字この読み終わった人向けかもしれませんね。ちなみに私は自宅での仕事中とか、寝るときに掛けたりしています。

 とはいっても「遠野物語」ファンはぜひ、聴いておきたいところではないでしょうか。ちなみ2014年現在もCD化されていません。ネットから検索を掛けたら、なんと近所の図書館に所蔵していることを知り、即座に借りに行ったのは言うまでもありません。実家からカセットデッキ(ナカミチ)を復活させて、念願の音源を聴くことが出来ました。




 このページでは、遠野を追体験できる資料を紹介しようと思います。柳田國男の著作あり、語り部のCDありと、遠野から遠く離れていても、自宅にいながら遠野を追体験できること間違いありません。
 とはいえ、やっぱり遠野に行って、遠野という空気を吸うのが一番でしょう。なかなかいけない人、また、一度足を踏み込んで、遠野に魅了された人たちに自信を持って紹介します(ダイジョウブカ?)

 ここで紹介する以外にも、たくさん出版されていますから、書店や図書館の民俗などのコーナーで自分にあったガイドブックを探してみるのも、遠野をめぐる旅のひとつと言えるのかもしれません。




遠野奇談/佐々木喜善(河出書房/2009)
 遠野といえば、柳田国男の『遠野物語』を指すと言ってもあながち間違いではないかもしれません。私の手元には大和書房から出版された重厚なハードカバーに収められた遠野が全てでした。しかし、それでけでは終わらないのがこの物語。実際に訪れ、その空気を自分の肌で感じることで初めて物語の扉が開ける、そんな思いがします。

 柳田国男はその後、『拾読』などを出版しました。その柳田に遠野物語の説話を誠実に提供した、佐々木喜善の編纂した『遠野奇談』が2009年に出版され、また新しい風が吹き込まれたような気がします。しかし、柳田に素材を提供した佐々木喜善が、大正時代のあちこちの雑誌に寄稿した文章を、遠野物語研究の第一人者である石井正己氏が編纂したものですが、『遠野物語』の前では色褪せてしまいそうです。 帯には「もう一つの」と書かれていますが、文体が『遠野物語』の拾読と同じ言葉で書かれているので、こぼれ話(実際、話を聞いているにもかかわらず削除しているであろう話もあるはずだし)として読むと、遠野の奥深い世界に踏み込めるような感じがしました。



 忘れもしない1989年12月1日(金)。曲り家には私を含め4人。初日に語り部として足を運んで頂いたのは、なんと鈴木サツさんでした(このページの一番上に掲載している写真)。曲り家のオヤジさんが言うにはとてもおしゃれなおばあちゃん。
 2日目、オヤジさんは気を利かせて、みんなと違う料理を並べてくれました。「だから言っただろ」
そしてその日にやって来てくれたのは白幡ミヨシさん。共に今では遠野の語り部、というよりも民話の語り部として世界的にも名を馳せている媼の語りを二晩続きで体験することが出来きたのです。

 これは遠野ファンである私にとって、なんと贅沢な時間だったことでしょうか。残念ながらサツさんは1996年に85歳という高齢でお亡くなりになりましたが、現在は妹の正部家ミヤさんが代わって活躍されているのをはじめ、数々のメディアが残されていますので、追体験をする事が出来ます。

 ここで紹介する本とCDは、私を曲り家へ、そしてサムトの婆の部屋、笛吹峠へ連れて行ってくれるのです。

鈴木サツ全昔話集(福音館書店/1999) 
「昔あったづもな…」鈴木サツ媼の話に耳を傾けているといつの間にか夜も更け、異次元に入り込んでしまったような錯覚に陥ります。異次元とは、つまり遠野物語が活字として残される以前の、口から口へと伝えられていた頃の時空へ。カッパやザシキワラシが我が物顔で、ここかしこへと出没していた頃(もっとも、遠野には今も彼らは生きていますが…)。

 遠野に関連する説話集として先ずまっさきに挙げなければならないのは、約10年(1986-1991)の間に本人の元を訪れて聞いた話をすべて収録(188話)した11枚分に及ぶ記録集。

 しかし、現在は一部の資料館でしか聞くことが出来ず、手に入りやすい点で福音館書店から出版されているこの書をお勧めします。ここに付録として、先に録音された語りが42話、CD3枚として聴くことができるからです。
 聴き手は柳田國男が佐々木鏡石氏から話の採取をしている現場にでも迷い込んだと思うでしょう。聴いていて疲れないのは、さすがに話しなれているからでしょうか?かなり完成された語り部の語りを聴くことができます。

 下のカバーはCDケース。

CDに収録されている説話

(其の一)
1.おしらさま 2.つぶむすこ 3.猿の嫁ご 4.まめっこの話(一) 5.まめっこの話(ニ) 6.上の爺と下の爺のどっこかけ 7.屁っぴり嫁ご 8.人にもの食わせたくねえ男の話 9.三枚のお札 10.笠地蔵
(其のニ)
1.雪おなごの話 2.魚のががの話 3.河童淵 4.お月お星 5.二度咲く野菊 6.ねずみの相撲っこ 7.びっきの上方見物 8.狐とつぶの参宮 9.頭のおっきな男の話 10.おっとん鳥 11.かっこうとほととぎす 12.寒戸の婆さま 13.座敷童子 14.猿と蟹の餅つき 15.とんびの染屋
(其の三)
1.虎猫と和尚さま 2.猫の嫁ご 3.豆とおにぎりとわら 4.昔と話と謎のはなす 5.ねずみの参宮 6.川原のくるみの木 7.金の壷 8.天さあがった男 9.狐の恩返し 10.狐の郵便さん 11.ボホボホの話 12.豆腐とこんにゃく 13.せやみ 14.上方せんぽ 15.神さまと小便 16.飴をなめた小僧っこの話 17.観音さまのお授けのへら

 
1989年12月2日(土)白幡ミヨシさんを囲んで。遠野曲り家にて。
白幡ミヨシの遠野がたり(岩田書院/1999)

 “一人出版社”の異名をとる岩田書院からリリースされた白幡ミヨシさんの語り。

 ここには昔話編13話と、世間話編11話が『白幡ミヨシの遠野がたり』『遠野物語は生きている』という2冊の本に収録されている話を、24話のみ収められています。『世間話編』の菊池玉さんは、ミヨシ媼の実娘。
 鈴木サツ媼の語り口と比べると、道すがらのおばあさんの話を聴いているような、とても素朴な語り口にまったりとできるでしょう。

CDに収録されている説話
disc1 昔話編
1.おしら様/ 2.鬼の子小次郎/ 3.馬放しに行かされた童子の話/ 4. 猿と蟹/ 5. 一寸法師/ 6.鼠の相撲取り/ 7.瓜こ姫こ/ 8.極楽見てきた婆様/ 9.耳帽子/ 10.笠売り爺様/ 11.蛇にだまされた娘/ 12.鼠の嫁入り/ 13.ねずみの千匹
disc2 世間話編
1 サムトの婆様/ 2.下女を流した話/ 3.座敷童子/ 4.河童の恩返し / 5.山男の話/ 6.鉄砲撃ちとオリワ/ 7.まよいが/ 8.あく太郎/ 9.置き針置きの話/ 10.早瀬河原の親子石(語り:菊池 玉)/ 11.シラッパタケにカブ撒いた馬

2010年に満100歳を迎え、ますます遠野のばあちゃん元気です。
正部家ミヤ昔話集(古今社/2002)

 鈴木サツ媼の実妹による昔話集で、お話しに重複があるものの、遠野物語の続編といった趣があります。嬉しいことにコチラにもCDが付録としてパッケージされていて、聴き易さ(ちょっと都会に近づいた?)の点でいえばサツさんよりミヤさんの方が聴きやすいかもしれません。

CDに収録されている説話
1.猿の嫁ご/ 2.親父買った男/ 3.人さ、もの食せたくねえ男
4.ねずみの相撲っこ/ 5.お月お星1/ 6.猿と蟹の餅つき 
7.狐と郵便屋さん/ 8.オグナイさま/ 9.団子っこけろ/ 10.蚕の串刺し/ 11.豆腐とこんにゃく(仲悪かった)/ 12.貧乏神と福の神(一人神)/ 13.川端のくるみの木

昔話ふるさとへの旅【岩手】

01. 市原悦子ナレーション
02. たにし(つぶ)長者 / 菊池ヤヨ
03. 迷い家(が) / 菊池ヤヨ
04. 三人娘とうなぎ退治 / 白幡ミヨシ
05. 貧乏神と福の神 / 白幡ミヨシ
06. なみなみのへっぴり爺 / 正部家ミヤ
07. 猿と蟹の餅つき / 正部家ミヤ
08. 猫の嫁ご / 正部家ミヤ
09. おしらさま / 鈴木サツ
10. 瓢箪(ふくべ)の始まり / 鈴木サツ
11. ザシキワラシ / 鈴木サツ

 遠野の語り部たちによるオムニバスで、冒頭の市原悦子さんの語りは、あのテレビ番組を連想させます。再登場する媼たちですが、新しく収録したなおした説話を聞くことが出来ます。日本全国の昔話シリーズの「岩手編」です。

〜 ちょっと話題がずれますが・・・ 〜

 遠野物語とはずれてしまいますが、このCDシリーズの冒頭のみのナレーションを勤める市原悦子さんといえば、ファンも多い『まんが日本むかしばなし』を思い浮かべる方もいらっしゃるに違いありません。このCDのプロダクションは、そういうイメージをもって作ったに違いありません。それはそれでいいのですが、ちょっと安易すぎるような気もします。それに、冒頭だけというのは、あまりにも出し惜しみが過ぎるような・・・

 最近、某番組のCD絵本が出版されました。丸々番組の吹き替えをCDに収め、絵本を付けた体裁。あの番組はアニメーションがあって、両名優による吹き替えがあってこそ味わいが出るので、ただ単にナレーションだけというのは頂けません。吹き替え時は当然、映像があっての収録であって、「読み聞かせ」を念頭に置いていないからです。雰囲気だけを味わうのであればいいかもしれませんが、多くのファンはそういう形式を望んでいません。完全な形での販売を期待するものです。






 井上ひさし氏がオマージュとして書き上げた『新釈遠野物語』を、私は遠野に向かう列車の中で、読んでいました。ある人はパロディと称していますが、決して、そんなに軽いアレンジではなく、巧妙な話術で読者は、きっと、井上氏の遠野にも魅せられるに違いありません。もしかすると、本家よりも人気があるのではないだろうか、と思うこともあります。最後のどんでん返しに抱腹絶倒すること請け合いです。
新釈遠野物語/井上ひさし(筑摩書房/1976)

鍋の中
川上の家
雉子娘
冷し馬
狐つきおよね
笛吹峠の話売り
水面の影
鰻と赤飯
狐穴

新釈遠野物語/井上ひさし(新潮文庫/1976)

鍋の中
川上の家
雉子娘
冷し馬
狐つきおよね
笛吹峠の話売り
水面の影
鰻と赤飯
狐穴

新釈遠野物語/井上ひさし(新潮カセット文庫/1976)
鍋の中
笛吹峠の話売り

朗読;すまけい

遠野曲り家にて。