ベートーヴェンは星空に何を求めたのか(交響曲の編曲版)

 ベートーヴェンの交響曲は星空を眺める際に、いささかオーバーというか、静かに星空を眺めるには少々うるさいというか…(笑) そんな風に思っていたところ、ふと目にとまったのがプロ・アルテ・アンティクァ・プラハというグループの交響曲の室内楽版。このCDがリリースされた1996年当時は、こうした編曲ものがあまりというか、ほとんどなく、日本国内でも初登場とかなんとか歌っていたような気がします。その後、それに併せるようにしてオクトフォロスという管楽器ばかりの楽団のCDもリリースされました。私がその2枚のアルバムを手にしたのは、同じ交響曲第7番だったこと、そしてこの曲こそ私のベートーヴェンの入り口となったきっかけとなったことが理由でした。

 そのアルバムの解説にはこう書いてあります。

「今日の私たちはディスクや放送など“音楽の再生装置”の恩恵を受けて、オペラやシンフォニーをはじめ、どんな大編成の音楽も家庭で鑑賞できる。18世紀半ばにはこうした大編成の音楽の再生は、それを小さな規模に編曲した合奏や独奏によって行なわれていた。オペラや管楽作品を、ピアノ独奏、ピアノ・デュオ、ピアノ・トリオや管楽合奏に編曲し、劇場やホール以外の場所でも楽しんでいたのである」
(KKCC4197より)

 確かにそうだよなぁ、と思います。今では携帯プレイヤーをポケットに入れて、どんな場所にだって好きな音楽を連れて行くことができる時代になりましたが、当時はそんなこと考えにも及ばなかった時代です。だから、ここで紹介する室内楽版などは人気だったわけです。のちにピアノ・デュオへのアレンジへと続くわけです。私が室内楽版にアレンジされた曲が好きな理由の一つに「星空を眺める際に、そっと傍らでなっていて欲しい」という思いがあって、星たちの輝きを邪魔しない(笑)静かな音楽を聴きながら眺めるのが好きだからです。携帯プレイヤー本体から音を流すと、フル・オーケストラだと音が割れたりすることも考えられるので、こうした小編成のアレンジがちょうど良い、というのもあります。

 2020年にリリースされた交響曲第9番のピアノ版の解説に面白いことが書いてあったので、引用させていただきます。

「今日のようにオーケストラの演奏会が頻繁になかった時代、ベートーヴェンの交響曲のトランスクリプションや簡易版は生前から幾つか出版され、出版社にとっても重要な収入源となった。それは音楽愛好家や腕の立つアマチュア演奏家作品を知らしめるのに一役買ったが、そこには2つのカテゴリーがあった。1830年までは、交響曲を縮小して室内楽編成、主に四重奏や五重奏に編曲していた。その後、ピアノが楽器の王様ととして台頭し、ピアノ4手用またはピアノ1台用編曲が優勢になった。ベートーヴェンの弟子でもあったカール・ツェルニーは1829年にベートーヴェンの交響曲第9番を編曲しているが、そこでは合唱パートを、歌とピアノ伴奏、もしくは2台ピアノのみとしている。ヨハン・ネポムク・フンメルも第1番〜第7番を、フルートもしくはヴァイオリン、チェロとピアノ用に編曲したが、リストによれば“完全な錯乱”であり、“大家の考えをここまで歪曲されたものを目にするのは辛い”と酷評している。」(MIR534より)

さらに自身のピアノ編曲に関しては

「自惚れではないが、私の方がカルクブレンナー騎士のよりも上出来だと思っている。やつは金髪か赤毛のかつらをアレンジでもしていればいいんだ。」(MIR534より)

 

1800

★♪交響曲第1番初演(ベートーヴェン)

1801

★ケレス(小惑星第1号、のちに準惑星)の発見(ピアツィ)

1803

♪交響曲第2番初演(ベートーヴェン)

1805

♪交響曲第3番初演(ベートーヴェン)
1807 ♪交響曲第4番初演(ベートーヴェン)
1808 ♪交響曲第5番、第6番初演(ベートーヴェン)
1809 ♪ハイドン没
1814 ♪交響曲第7番、第8番初演(ベートーヴェン)
1821/1822 ♪ピアノソナタ第32番作曲(ベートーヴェン)
1824 ★ヴェガの年周視差を発見、公表せず(ストルーベ)
1824 ♪ミサ・ソレムニス/交響曲第9番初演(ベートーヴェン)
1827 ♪ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン没

 


交響曲第38番、第39番、第40番(フンメル編曲)
ウヴェ・グロット: Flute
フリードマン・アイヒホルン: Violin
マルティン・ルンメル: Cello
ローランド・クリューガー: Piano

 ベートーヴェンの『GRAND SYMPHONIES・1』で、交響曲のピアノトリオ編局番のレコーディングを行なっているフルーティスとのUwe Groddが、同じくフンメルの編曲したモーツァルトの後期交響曲全曲をレコーディングしてくれました。




交響曲第35番、第36番、第41番(フンメル編曲)
ウヴェ・グロット: Flute
フリードマン・アイヒホルン: Violin
マルティン・ルンメル: Cello
ローランド・クリューガー: Piano

 交響曲第2番を軸に、ピアノ・トリオ作品1と3が収録されています。交響曲をベートーヴェン本人がアレンジしたというもの意外ですが、当時としては交響曲を気軽に聴く手段として、こうしたアレンジは流行っていたそうですから、ベートーヴェンもその流行りに乗ったのでしょう。




交響曲 第2番(本人の編曲)
ベートーヴェン・トリオ・ボン
The Atlantis Trio
ジンサン・リー: Fortepiano
ミハイル・オヴルツキ: Violin
グリゴリー・アルミャン: Cello

 上記の演奏が廃盤になってしまっているので、うれしいアルバム。ベートーヴェンの生誕250周年に合わせてピアノ三重奏曲と管弦楽作品からのピアノ三重奏アレンジを1曲ずつ組み合わせて対比させるという、こだわりのプログラムで贈る全3巻のシリーズの第2弾。今回はピアノ三重奏曲第6番と交響曲第2番の組み合わせ。




交響曲第3番(フンメル編曲)
グールド・ピアノ・トリオ
Gould Piano Trio
Penelope Crawford: Fortepiano
Jaap Schroder: Violin
Enid Sutherland: Cello

 交響曲第1番と第3番が第一弾となるグールド・ピアノ・トリオによる。このフンメルによる交響曲の編曲版は、第7番まで行なっているそうです。このアルバムのタイトルが『GRAND SYMPHONIES・1』と銘打ってあるということは、全集をやってくれるのでしょうか? アレンジはピアノ、ヴァイオリン、チェロ。




交響曲第3番(リース編曲)
モーツァルト・ピアノ四重奏団
Mozart Piano Quartet
Paul Rivinius: Fortepiano
Mark Gothoni: Violin
Hartmut Rohde: Viora / Peter Horr: Cello

 ベートーヴェンの弟子の一人フェルディナンド・リース(1784-1838)によるピアノ四重奏曲版。つまり楽器編成はフンメル版にヴィオラが追加されています。ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。カップリングは、ベートーヴェン自らのアレンジでピアノと管楽器(オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン)のための五重奏曲 Op.16をピアノと弦楽四重奏のためにアレンジしています。




交響曲第1番(エバース編曲)
交響曲第2番(リース編曲)
交響曲第3番(エバース編曲)

コンパニア・ディ・プント
Compagnia di Punto


 ベートーヴェンの弟子の一人フェルディナンド・リース(1784-1838)は交響曲第2番をアレンジ。ベートーヴェンと同期のカール・フリードリヒ・エバース(1770-1836)は第1番と第3番をアレンジしています。ここでの演奏は交響曲第1番が2Vn, 2Va, Cb, 2Cl, 2Hrという編成。第2番が2Vn, 2Va, Vc, Cb, Fl, 2Hr(2本のクラリネットがフルート1本に)、第3番が2Vn, Va, Fl, 2Cl, 2Hr, Cbという編成。




交響曲第3番、第5番と第8番(エバース編曲)
エンシェント・コンソート・プラハ
Ancient Consort Praha

日本に初めてベートーヴェンの交響曲を弦楽五重奏曲版として紹介してくれたプロ・アルテ・アンティクァ・プラハが、エンシェント・コンソート・プラハと名前を変えて再結成。そしてベートーヴェンの交響曲がエバースの編曲によって全曲弦楽五重奏曲版として発見されたとのことで、彼らは全曲レコーディングを目指しているとか… 




交響曲第5番(フンメル編曲)
交響曲第3番(シース編)
ファン・スヴィーテン・ソサエティ
Van Swieten Society
Bart von Oort: Fortepiano
Job ter Haar: Violin / Marion Moonen: Flute
Bernadette Verhagen: Viola

 交響曲第3番と第5番カップリングされた『サロン・シンフォニー』というアルバム。サロンと言うイメージが吹っ飛びそうな曲目です(笑)。ピアノ担当は、夜想曲でおなじみのBart von Oortが弾いているのが嬉しいです。他に、ベートーヴェン本人が編曲した交響曲第2番もレコーディングしています。




交響曲第5番と第8番、第7番(エバース編曲)
プロ・アルテ・アンティクァ・プラハ
Pro Arte Antiqua Praha
Vaclav Navrat、Jan Simon: Violin
Ivo Anyz、Jaromir Pavicek: Viola
Petr Hejny: Violoncello

 ベートーヴェンと同期のカール・フリードリヒ・エバース(1770-1836)の編曲。おそらくこのアルバムが日本国内で初めて弦楽五重奏曲版が紹介されたのではないでしょうか? 個人的にはベートーヴェンの交響曲の中で、最も好きな第7番(カール・セーガンのコスモスで好きになった)だったので、則購入したことを思い出します。
  このあと彼らは、エンシェント・コンソート・プラハと名前を変えて再結成、ベートーヴェンの旅を続けています。




交響曲第6番(ベルケ編曲)
ベートーヴェン・トリオ・ボン
The Atlantis Trio
ジンサン・リー: Fortepiano
ミハイル・オヴルツキ: Violin
グリゴリー・アルミャン: Cello

 交響曲第6番とピアノ・トリオ『街の歌』という組み合わせ。ベートーヴェンの生誕250周年に合わせてピアノ三重奏曲と管弦楽作品からのピアノ三重奏アレンジを1曲ずつ組み合わせて対比させるという、こだわりのプログラムで贈る全3巻のシリーズのラストを飾る一枚(え〜、終わっちゃうの〜って感じです)。編曲はブラームスの友人でもあったというフルートの名手(ゲヴァントハウス管弦楽団のメンバー)、クリスティアン・ゴットリープ・ベルケ(1796-1875)




交響曲第6番(フィッシャー編曲)
レ・プレイアード
Les Pleiades
レティティア・ランジュヴァル、カロリーヌ・フロランヴィユ: Violin
  キャロル・ドファン、マリー・クチンスキ: Viola
  ジェニファー・ハーディ、アマリリス・ヤルチク: Cello

 弦楽六重奏曲版。メーカーの宣伝では個人的に気になるグループ名を「おうし座のすばる星団のフランス名」と紹介していますが、メンバーを見る限りギリシア神話のプレアデス姉妹が正しいのではないでしょうか? というのも神話の通り星になった(これがすばるのことであり、プレアデス星団のこと)彼女たちが、のちに1名天界から去り6名となるエピソードがあるから。なので女性ばかりの編成は見事(笑)。これまた演奏とは関係ありませんが、ジャケットの誰一人としてカメラ目線がいないと言うのもグッド(笑)。

 メンバー全員レ・シエクル(ジャケット左上にクレジットされてます)。それはさておき、第6番は、交響曲としても当時は異例全5楽章という編成だったことからか、アレンジャーのミヒャエル・ゴットハルト・フィッシャー(1773-1829)このアレンジも表現の幅を持たせるためか、これまでの室内楽版と比べ人数を増やしています。もしかしたら、彼がオルガン奏者と関わっているのかもしれません。そのためでしょうか、オリジナルとあまり変わらない印象で聞くことができました。カップリングはシェーンベルグの、こちらは弦楽六重奏曲としてオリジナルの演奏です。




交響曲第7番(本人の編曲)
オクトフォロス
Octophoros
ポール・ドンブレヒト、マルセル・ポンセール: Oboe
  ハンス・ルドルフ・シュタルダー、エルマー・シュミット: Clarinet
  ピート・ドンブレヒト、クロード・モーリー: Horn
ダニー・ボンド、ドナ・アグレル: Bassoon
クロード・ヴァスマー: Contrabassoon

このページの冒頭に引用した解説は、このアルバムの解説からのもの(KKCC4197)。この編曲がなされ当時、この曲の楽譜は以下の版が出版されていたそうです。
・オーケストラ総譜
・オーケストラパート譜
・9声部のハルモニー版
・弦楽五重奏版
・ピアノ三重奏版
・ピアノ4手版
・ピアノ独奏版

 また、ベートーヴェン本人は全交響曲をハルモニー版として編曲しているのだそうです。なお、このアルバムにカップリングされているフィデリオ序曲は、ベートーヴェンが監修し、ヴェンツェル・セドラック(1776-1851)が編曲を行なっています。

 

 ピアノアレンジでは、私にとっての決定版はユーリ・マルティノフがオリジナル楽器を使用してレコーディングしてくれたものをお勧めします。耳の肥えた人にはつらいノイズが聞こえるかもしれませんが、星空を相手に聞くには、こうした当時の楽器で奏でられることが時空を超えた楽しみを味わうことができるのです。

 

交響曲全集(リスト編曲)

交響曲第1番 ハ長調 Op.21
交響曲第2番 ニ長調 Op.36
交響曲第6番 ヘ長調 Op.68「田園」
交響曲第7番 イ長調 Op.92
1837, Erard

交響曲第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」
交響曲第4番 変ロ長調 Op.60
交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」
交響曲第8番 ヘ長調 Op.93
交響曲第9番 ニ短調 Op.125「合唱付」
1867, Bluthner

Yury Martynov: Fortepiano

 古楽でのレコーディングは多いものの、実際はレプリカが多く(作曲家自身の所有していた楽器などは、展示のための保存が主で、演奏できないからレプリカが 作られ、それを用いるのは当然と言えば当然)、解説とか読んでがっかりさせられることがありますが、このレコーディングは、ピアノが製作された当時のオリ ジナルを演奏しているので、古楽ファンとしては、どんなにギシギシとノイズが入ろうが、ビョ〜オオンといったような奇妙で狂ったチューニングに聞こえよう が関係なく、それだけで時間を越えた感覚の気分になるので、オリジナルで演奏されたものを選びたくなります(で、それを聴きながら星を眺めるなんて、最高 ですねー)。

 

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