アイヴォー・ガーニー
Ivor Gurney(1890-1937)

 少年時代から音楽の才能を見出され、10歳からグロスター大聖堂の聖歌隊員を務めるかたわらでオルガンの手ほどきを受けた。14歳ごろから作曲に手を染めるようになったガーニーは16歳で聖歌隊を退いたものの、大聖堂のオルガニスト、ハーバート・ブルワーに師事、作曲やオルガンを学んだ。しかし、ガーニーは第一次世界大戦勃発の翌年に、第五グロスターズ第二連隊に入隊、勉学は中断されることになる。フランスの戦場で毒ガスを吸い込み帰国、療養の日々を過ごすようになる。大戦終結後、ヴォーン・ウィリアムズのもとで勉学を再開するためにRCMに復学した。この頃こそガーニーの作曲・詩作活動がもっとも充実した時期とされているが、ガーニーの病は悪化を続け、1922年に故郷(後にロンドンの病院に転院)の精神病院への入院を余儀なくされる。ガーニーはその後半生を精神病院で過ごし、1937年に結核により死去した(以上 wiki より)。

  作品には番号なしの夜想曲が2曲。ここでまイ短調の夜想曲が収録されています。

夜想曲 イ短調(Nocturne In A Flat)1932
夜想曲 ロ長調(Nocturne In B)1932


 

夜想曲 イ短調(Nocturne In A Flat)

Richard Saxel; Piano
Piano; Steinway & Sons, New York, Model D

もどる