3月12日(金) 塩狩峠
 2度目の塩狩峠は雪に閉ざされていた。残念ながら今回は列車で通過しただけだったので、あまり深い部分までは感じることができなかったけど、心の琴線にふれる感触は昔のままだった。
 塩狩駅についても車内に変化はなく、家路に向かう人々の姿は黙ったまま誰も顔すら上げようとはしなかった(ここでもまた演歌に歌われる歌詞の一節を思い出してしまった)。石井君と二人して駅に着く前に席を立ち、小説のラストシーンを目に焼き付けるため早めに通路に出た。白く曇る車窓を眺めながら車内全体を見回してみると、列車が止まったときの動きに合わせて車内の人々が揺れ動くだけで乗客が身を縮める姿しか目に映らなかった。毎日見慣れている風景だからか、誰も小説のことを知らないんじゃないかとか、いろいろ思い巡らせてみたものの、真っ白な雪に包まれた駅舎の如くみんなじっとしている。だからたった一人の旅人らしき青年が下りて、ゆっくりと駅舎に向かっていたのにも気づいていなかったようだ。
 「本当に何もない所なんですねぇ」と驚く石井君に、「もしも今日が自由行動とか、一人旅だったら俺も降りてたよ」と言うと、あきれた顔をしながら「そう言うと思ってましたよ」それぞれの思いが真っ白な世界の中に吸い込まれていくようだった。

 ここ旭川までは札幌から(行きも帰りも)高速バスを使ったが、さすがは日頃走り慣れた道なんだろう、吹雪いてホワイトアウト状態になっているというのにバスは飛ばす飛ばす…。内心ヒヤヒヤしながら「こんな風景が見たかったんだよなぁ」と、車窓におでこをピッタリとくっつけたまま外の世界に思いを寄せていた。
 このときばかりは車窓からしか北の大地を楽しむことしかできなかったけど、和寒で折り返しの列車を待つ15分だけ町に出て、車窓の風景の中に入ることができた。何もないローカル線の途中駅だけど、今回の旅行ではもっとも印象深い体験だっただろう。というのも車窓から眺めているだけではなく、実際にその中に入ってそこの空気に肌が触れたからだろう。

---星空夜話(1999)



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