3月11日(木) 小樽
 冬(雪)の北海道はもう間に合わないかと思っていたのに、この時期にしては珍しく氷点下の真冬日になっているという。小樽で少し話を聞かせてくれた帽子屋のおっちゃんでさえ驚いていた。逆に僕にとっては嬉しい誤算で、小雪がちらつくたびに内心は雪の中を駆け回るワンちゃんの如く喜んでいたが、一緒に来ている石井君は悲鳴を上げていた。
 この雪や身を切るような風のおかげもあって、小樽運河に向かう町並みは、演歌の中で唄われる北国の風情よろしく、どこか寂しく、望郷の念に駆られる面影があちこちにたたずんでいた。人通りの少ない通りを歩いているのは僕らのような観光客ぐらいなものだろうか。
 日中はこんな調子で、どこへ行っても氷点下の真冬日で、夕食にとねらいを定めていた“カニ食い放題”のあとも続いていた。昼と夜の温度差があまりない分、たとえ氷点下になっていようと大して苦にはならなかった。やはり気温差による寒さは今の僕の体にはこたえてしまうが、そうでなければ元々寒いところは好きなので、今回の北海道は、札幌、小樽、旭川という比較的都会を巡る旅にも関わらず、この寒さの中に身を置くことができただけでも満足である。そんなことを、隣を歩く石井君にポソっ「気持ちいいねぇ」と言うと、寒さのために表情が固まっているのかジロリとこちらを向くだけで、何の応答もなかった。
 豊平川に架かる橋の上から、すすき野の歓楽街の上に冬の大三角を見つけたときの嬉しさといったらない。普段見慣れているとはいっても、地元で見る輝きとは数段増しているし、何よりも北国で雪景色の中で見ているのがいい。不思議に思ったのは冬の大三角もこの寒さの中で、マフラーをぐるぐる巻きにしてコートに身を包み、打ち震えて見えるもんだと想像していたのに、北風が吹く中Tシャツ一枚でひょうひょうといる姿に見えたことだ。実際には氷点下7度の冷たい風が吹き抜けて行くのに、彼らは瞬かなかったし凍てついてもいなかった。逆に暖かいまなざしを感じたのである。天界よりもこっちの世界の方が寒いのかしらん、と尋ねてみても彼らはこたえてくれなかった。

---星空夜話(1999)


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