星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

 ここでは古代に書かれた書物の中で、星空への言及や叙事詩の中で登場する星空の描写、星への讃歌(詩)を年代順に紹介します。

 

ホメロス(紀元前9世紀頃)
 ホメロス作と言われる二つの叙事詩は、世界最古の文学ともいわれているだけに、ここで登場する星座や星の名前も、この頃から、いやもっと古くから人びとの間に浸透していに違いありません。「世界最古の文学」の中に星々が記述されているなんて、星好きには嬉しくなってしまいますが、『オデッセイア』では、しっかりと星を使った航海術が読まれているので、当時の人びとの星への感心の高さも伺われる一節として貴重な文献と言えるでしょう。

まずまんなかの円形には大地と大空、それから海原と
また疲れを知らない太陽や、満ち渡った月を造った
それから大空をぐるりと取り巻く 
すべての星座、たとえばプレイアデスの七つの星だの 
ヒュアデスや強そうなオーリーオーンや
熊の星座や、これは夜の人が、北斗星と呼ぶものだが 
この星座は同じところをぐるぐる廻って
オーリーオーンを目の敵にし
これ一つだけが、オーケアノスの水へ浸り沈まない星座である。>
(『イリアス』第18巻483〜489行 呉茂一訳)

その姿を 先ず最初に 年老いたプリアモスが眼に認めた
野原の上を さながら星の如く輝きわたって駆けつけるのを
その星こそ 晩夏の頃現れ出て 沢山な星の間に
ことさら目立って 光芒を 夜の暗闇に照り輝かせる
して世の人から 亦の名をオーリーオーンの犬と呼ばれ
一番にきらきらしい星ながらも 禍の印とされ
夥しい焼の気を みじめたらしい人間らにもたらすもの>
(『イリアス』第22巻25〜31行 呉茂一訳)

オデュッセウスは順風に心楽しく帆を拡げた
オデュッセウス筏の中に腰を据え、
巧みに舵を操って航路を誤たず船を進めたが
その瞼には眠りも落ちず
ひたすらにプレイアデスの星群、沈むにおそいボオテス(うしかい座)
またアマクサの異名を持ち
同じ所を旋回しつつオリオンを窺い
ただひとりオケアノスの水に浸からぬアルクトス(おおぐま座)にも
彼はじっとめをこらす このアルクトスこそ美貌の仙女カリュプソがオデュッセウスに
常に左手に見つつ海を渡れと教えた星であった
>
(『オデッセイア』第5歌262〜281行 松平千秋訳)




ヘシオドス(紀元前8世紀頃)
 ヘシオドスの『神統紀』は、それまで文字を用いて記録を取っていなかったため、口承のみの神話を体系的にまとめあげた、神々の百科事典的な内容でした。のちにそれをアポロドーロス、オウィディウスなどが、庶民向けの読み物として噛み砕き、それが現在の私たちが読むことのできる『ギリシア・ローマ神話』の元になっています。
 ここで紹介する彼のもう一つの作品『仕事と日』は、自堕落な生活を送っていた弟に向けた戒めを、詩の形にした労働マニュアルみたいなものです? ここには仕事をするにあたり知っておくべきこと、自然を相手にする農業に関わる歳時記としての趣の中に、沢山の星の記述が記されています。星好きには、ヘシオドスのニ作品は読んでおいても損はない内容なのです。
アトラースの姫御子、プレイアデスの昇る頃に刈り入れ
その沈む頃に耕耘を始めよ
この星は四十夜、四十日の間姿を隠し
一年のめぐるがままに、やがて鎌を研ぎにかかる頃
ふたたびその姿を現わす
(『仕事と日』農事暦383-387行 松平千秋訳)
冬至のあと
六十日の冬の日々をゼウスが果たし終えられるとき
アルクトゥルスは、オーケアノスの聖なる流れをあとにして
燦然と輝きつつ、黄昏の空に始めて昇る
(『仕事と日』農事暦564-567行 松平千秋訳)

オーリーオーンとセイリオスが中天に達し
指薔薇色の曙の女神アウローラがアルクトゥルスの姿を見るとき
ペルセースよ、葡萄の房を残らずつみ取って家に持ち帰れ
夜昼合わせて十日間日に曝し
五日の間陰干しにして、六日目になって陽気なディオニューソスの賜を
甕に汲み入れよ
だがプレイアデスとヒュアデスと逞しきオーリーオーンが沈む頃ともなれば
時を違えず田を鋤き種を蒔くことを心して忘れるなよ
かくして願わくは地下の種が恙なくあらんことを。>

(『仕事と日』農事暦609-617行 松平千秋訳)



サッフォー(紀元前7世紀頃)
 あのプラトンにして、サッフォーのことを「10番目のムーサ」と読んでいたと言われる女流詩人。特に若い女性のために書かれた詩が多いとされています。
月は入りプレアデスも落ちて
夜はいまの丑満の
時はすぎうつろひ行くを
我のみはひとりしねむる
(佐野好則訳)
あらゆる星のなかでも
もっともうつくしい(のは夕星)
(沓掛良彦訳)

夕星よ、おんみは、四方へと、
かがやく曙光が散らしたものを、
みな、もとへつれかえす。
ひつじをかえし、やぎをかえし、
母のむねには子をかえす。

(沓掛良彦訳)


アラトス(紀元前315-紀元前240)
 「アトラスの間違いじゃないの?」と、最初に見たときは勘違いしてしまいましたが、紀元前3世紀ごろに活躍していた詩人アラトス。最初に、その存在を知ったのは星座の歴史書の中でも特にお勧めしたい原恵著『星座の歴史』でした。

ファイノメナ(星空)
 ギリシアの数学・天文学者のエウドクソス(紀元前408-紀元前355)の著書『ファイノメナ(現象)』に基づいて、これを詩の形に書き直したもの。残念ながらエウドクソスの書物は残されていませんが、天動説をはじめとする天文書で、アラトスが詩という形に改め、韻文を踏み、一般の読者に読みやすくしたものがこの詩集。
 ここに綴られている星座の伝説は、アラトス作でも、エウドクソス作でもなく、おそらくはもっと昔から知られている話だということは疑いの余地もありません。

 アラトスは天文学者ではなかったので(実際に天を見ていない?)、記述の中には誤りが見受けらえますが、それを差し引いても、天文を専門とする書物の中では、現存する最古のものなので貴重な存在なのです。

 現在、私たちが読むことができる星座の伝説や星のギリシア神話は、アラトスの『PHAENOMENA』がもとになっています。

 現在は1600年に出版されたグロティウスの『星座図帳』で紹介されたものが千葉市郷土博物館から『グロティウスの星座図帳』として出版されているのをはじめ、京都大学学術出版会から2007年に京都大学学術出版会から出版された『ギリシア教訓叙事詩集』の中に「星辰譜」として読むことが出来ます。>


 


エラトステネス(紀元前275-紀元前194)
 エラトステネスと言えば、地球の大きさを最初にはかった人物として有名。そのことはストラボンやパウサニアス、プリニアスらの書物にも言及されていて、つとに有名です。私はカール・セーガンの『コスモス』で知りました。

『カタストロモフィ(星座物語)』
 現存するものはなく、エラトステネスが書いたであろう書の解説本があるのみ。ここでは42の星座と、惑星、天の川の紹介と、それにまつわる神話が語られています。

エラトステネスの星座神話として翻訳された方がいらっしゃいますので、こちらをご覧ください。





ウェルギリウス(紀元前70-紀元前19)
 ウェルギリウスと言ったら、トロイア滅亡後、アフロディテに愛されローマ建国をなしたアエネーイスの物語が有名ですが、彼の農耕詩に描かれた星、星座の言及ほど読んでいて楽しいものはありません。特に第1巻の最後の行に歌われている“星座が消えたり現れたりするのをまた、一年を等しく四つに分けたそれぞれの季節を見守るのは決して無益ではない”というくだりは、暗唱しておきたいぐらいの名言ではないでしょうか(笑)

牧歌/農耕詩

あるいはあなたはご自身の星座を、ゆるやかな月のめぐりに
新たにつけ加えるかもしれぬ。とすれば
そこはおとめ座と、それにつづくさそり座のあいだ
輝き燃える天の蠍は、すでにその鋏をちぢめ、あなたのために
天空に有り余るほどの場を空けている。
(第1巻「穀物」32〜35行)

しかし、もし、土地が肥沃でなかったら
アルクトゥルスが昇る頃に、浅く耕すだけでよい。そうすれば
肥沃な土地では、雑草が、豊かな実りの邪魔をせず
痩せた土地では、水分が、荒れた砂地から逃げぬだろう。


(第1巻「穀物」66〜70行)

さらにまた、風吹きすさぶ海原を越え祖国へ向かう舟人たちが
ポントスと、牡蠣多きアビュドスの海峡に挑むときと同じように、
アルクトゥルスと小山羊座の現れる日と輝くりゅう座に注意しなければならぬ
てんびん座が昼夜の時の長さを等しくし
世界を光と影とに等分に分かつその時
農夫たちよ、牡牛を駆り立て、畑に大麦の種を蒔け
冬を凍らす、冬の最後の雨が降るまで
それはまた、雛罌粟と亜麻の苗を植え付け
時をおかず犂の上に身をかがめ働くときだ
土が乾き、たれ込めた雨雲がまだ雨を降らさぬうちに
春は豆の種蒔き時。その時柔らかな畝は苜蓿よ
お前をも喜び迎え、黍には例年通りの世話が始まる
このときはまた、金色の角を持つ真っ白なおうし座が年をひらき
おおいぬ座が、新たに昇る天体の前に、道を護って消える時だ
だがもし小麦と、固いスペルと小麦のために耕すなら
ただ麦のたぐいだけが目的なら、明け方にプレイアデスが沈み
燦然と輝くかんむり座の、アリアドネーの星が消えるまで待って
おもむろに、蒔くべき種を畝に蒔くがよい
いやがる大地に、慌ててその時の希望を託すのは止めよ
マーイアが沈む前に種まきを始める者が多いが、
期待はずれて空っぽの穂が出るばかり
その代わり、矢筈豌豆とふつうの隠元豆を蒔こうとするなら
また、ペルーシウムの空豆を作ってみようとするなら
沈み行くうしかい座は、蒔くべき時をはっきりと示してくれようから、
そのとき種を蒔き始め、真冬まで蒔き続けるがよい

かように良い時期を教えるためにこそ、
黄金色の太陽は、半然区かつされた天空を
十二の星座を通じて支配している
天は五つの帯から成り、その一つは、きらめく太陽のため
常に赤く輝き、その炎のために常に乾ききっている
それを取り巻き、右と左に、最も外側の帯が広がっている
青い、固く凍りついた、黒い嵐に包まれた帯だ
これらの中間に二つの帯が、神々の好意で
弱い人間に与えられ、両者の間に一つの道がひらかれた
その中で、傾いた黄道帯の列がまわれるようにと
世界はスキュティアとリパエイの高地に向かって
けわしく隆起し、リュビアの南に急傾斜して沈んでいる
北極は常にわれらの頭上にあるが
南極は黒いステュクスと、深い冥界の下方にある
こちらでは、巨大なりゅう座が身をうねらせ、すべり出て
川の如く二つの熊座をめぐり、間を進む
大洋の水に濡れることを怖れている熊座の間を
だがかなたでは、人々のいうように、深い夜が沈黙を守り
夜のとばりに包まれて、闇がその暗さを増しているのかもしれず
あるいは曙の女神アウローラがわれらの所から去り、また日を連れ帰り
太陽神が喘ぐ馬の息を最初にわれらに吹きかけたときに
そこでは赤く輝く宵の明星が、夕方の灯を点すのかもしれぬ
だから、空は変わりやすいけれども、それを見れば
時を前もって知ることができる。取り入れの日を、種蒔く時を
また、いつ気まぐれな海面で櫂で打ち
艤装した艦隊を船出させ
いつ、森の松を伐り倒すべきかをも
されば、星座が消えたり現れたりするのを
また、一年を等しく四つに分けたそれぞれの季節を見守るのは
決して無益ではない

(第1巻「穀物」206〜259行)>



 

プリニウス(22-79)
 私が古代の人の著作に興味を持たせるきっかけを作ってくれたのが、この大プリニウスという異名をもつガイウス・プリニウス・セクンドゥスの『博物誌』です。全37巻のうち、私が興味を持って読んだのは第2巻です。

博物誌

主な内容

第1巻 序文 第2巻 天文 第3 - 6巻 地理 第7巻 人間 第8 - 10巻 動物 第11巻 昆虫 第12 - 19巻 植物
第20 - 27巻 薬草 第28 - 32巻 動物性薬品 第33巻 鉱物 第34巻 彫刻 第35巻 絵画 第36巻 建築 第37巻 宝石

となっていて、1986年に全訳されています。私は図書館で大型本を借りて天文の巻を読むことができました。現在は縮刷版として2012年に雄山閣出版から6巻に分けて出版されています。

 




マニリウス(A.D.1?)
 書物が残っているからと言って、作者に関してもはっきりとしたプロフィールも残っているのかと言えばそうではなく、特にこの時代の人々は、ほとんどが謎だらけなのは仕方がありません。彼をこの位置で紹介するのも、先のプリニウスは「シリア人で、奴隷としてローマに連れて来られた後、解放されて占星術詩人として名を上げた人物」と言及し、ウェルギリウスと同時代の人物ということがわかっているぐらいです(皇帝の賛辞などから)。

アストロノミコン

 白水社からは『占星術または天の聖なる学』として出版されている占星術の本。私は占星術を好まないから、ここでは第一巻のみを紹介するにとどめますが、ここに書かれた天球(星空)は、伝統的な占星術を理解する上では貴重な書物であることは間違いありません。古代の人が思い描いた星空を、読み物として触れることは、古の人々の星空に触れることができて楽しいものではあります。

 




プルタルコス(46/48〜127)
 カノープスを調べていたらたどり着いた人物。石田五郎氏の『星の歳時記』の中に「カノープスと名付けた人物」と紹介されていたので、さて、いったいどこにそれが言及されているのだろうと調べ始めてからのこと。この当時の哲学者は、総じて星のことへの言及が多いことに気づかせてくれたきっかけを作ってくれました。

オシリスを「将軍」、カノボスを「舵取り」と名付け、カノボス星はこの「舵取り」という名にちなんでそう呼ばれたのだと言います。またギリシア人たちが「アルゴ船」と呼んでいるその船は、オシリスの船の荷姿が誉を受けて星々の間に置かれたものなのですが、それがオリオンとシリウスの双方からさほど遠くないところを航行していて、その双方のうち、オリオンはホロスの、シリウスは聖なる星だとエジプト人たちは信じているというわけです。

(『モラリア』「イシスとオシリスについて」丸橋裕訳) >
 



引用文献
ホメロス【ホメーロス】(筑摩書房)
“イリアス”(呉茂一)
“オデッセイア”(高津春繁)

ヘシオドス【仕事と日】(岩波文庫/松平千秋)

サッフォー(京都大学学術出版会/古澤ゆう子)
サッフォー 詩と生涯(水声社/沓掛良彦)

ウェルギリウス【牧歌・農耕詩】(未來社/河津千代)
ウェルギリウス【牧歌・農耕詩】(京都大学学術出版会 /小川正広)

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