私が今まで読んできた天文書の中でも、特に藤井旭さんからの影響は大きく、これまでに多くの書籍で「天文楽」を学ばせてもらいました。その中でも『ふじい旭の新星座絵図』は、いわゆる学術的な星座絵図がマンガチックに書き換えられ「この本で星座を覚えないほうがいいよ」の言葉に反して、のめりこんでいったものです。
 この本は小学生6年生の時に、星仲間だった友人から誕生日にプレゼントされたのがキッカケで、実は星座絵図よりも影響を受けたのが、各星座に一話ずつ添えられた「白河天体観測所日誌」的なエッセイの方なのです。
 中学生の頃、(本を読むことが嫌いだったため)しばらくたってから、この本の面白さに気づくと、星仲間の友人と音楽をBGMにカセットテープに録音して、星空を眺めながら「自分たちの朗読」エッセイを聞いて親しむほどになってしまいました。

(今聞くと恥ずかしい…)

 このエッセイは白河天体観測所(1969-2013)を舞台にし、そこに出入りする星仲間とチロを描いた天文台日記。今でもこの本の中では現役(なんども読み返しているので)です。

 読後の感覚は独特なもので、言葉ではうまく表現ができない不思議なものなのです。同じような類の本に石田五郎先生(私は直接某大学で一般教養の授業を受けていました)の『天文台日記』もあり、そちらも愛読しているのですが、比較的まじめな天文学の内容は、中学生の時にはやや近寄りがたい感覚がありました。それに比べると、当時はアマチュアとして活躍されていた藤井さんの書く文章には、日記に入りやすく、自分の生活の中でも共通するような内容に強く惹かれていました。

 当時、天文関連の書籍コーナーには、難しいタイトルのお堅い装丁の本が(今ほどではないにしろ)ずらりと並び、その中にピンク色の異色なカラーで想定されたこの本が目立っていたのです。他にも、星とは直接関係のないエッセイ風の本として目についたものに先の2冊の他に「星のふるさと」、「私の新彗星発見記」なんかがありました。
 しかし「新星座絵図」の中の「天文一夕話」で、藤井さん自身が探している類の本に「未だ巡り会っていない」と書いているように、こうしたエッセイ本を数多く探しては読んでいますが、私も「新星座絵図」のような本に巡り会っていません。

 その後、藤井さんの書く文章をあちこちに探し出しては楽しませてもらい、そのスタイルを真似するようになりました。というのは、現在、私が星のソムリエとして観望会を開いたり、講演会を行ったりする際、必ずといっていいほど、自分の体験談をもとにした星空案内を心掛けるようにしているからです。特に、原稿を書く際の言葉遣いは、まんま藤井さんの言葉をいただいっちゃているし(北風が電線を震わせ…とか)、何より自分自身が楽しんでいるので…。

 しかし、1981年に天文台長だったチロが星になり、朝日新聞などでも大きく報じられると、特にチロを主人公とした本が数多く出版され、万人向け(読書感想文指定図書にもなった)に書き直されて出版されるようになりました。

『星になったチロ(誠文堂新光社・1984)』
『チロ天文台の星仲間たち(実業之日本社・1986)』
『チロと星空(誠文堂新光社・1987)』

 チロに関わるエッセイが何冊か出版され、あちこちに散逸している藤井さんのエッセイを読むにつれ、藤井ワールドの住民となって行きましたが、最終的に手に取るのは1976年刊行の『ふじい旭の新星座絵図』ただ一冊です。これ以外にも似た雰囲気を漂わせているのは、『星の旅』や『すばらしき星空の饗宴 藤井旭×三田誠広』あたりでしょうか。特に後者は1983年に創刊された『スカイウオッチャー』の「チロ物語」や「おばけ双眼望遠鏡モク&チャを作る」への引用元になっていますが、中にはスカイウオッチャー向けに手直しや加筆されている部分も少なくありません。

 新星座絵図は「天文ガイド」の1969年10月号から1970年6月号まで掲載(エッセイなし)されましたが、賛否両論が沸き起こり、若い星仲間からは「なぜもっと続けないのか」というお叱りを受けたり、年輩の天文ファンの方からは「あれが星座絵の一般的なものだと誤解されては星座絵のイメージがだいなしになって困る」との意見が飛び交い、最終的には天文ガイドでの掲載は終了したものの、掲載終了から6年後には88星座すべてが描かれ、天文台日誌的なエッセイが綴られ、一冊の本としてまとめられたのです。

 『天文ガイド』に掲載されたときの星座絵と1976年に出版された『新星座絵図』に収録されている星座を見比べると、若干の変更が加えられていたりするので、ファン心をくすぐります。

 星座絵図とエッセイは「ほぼ」関係はありませんが、たとえば「おおぐま座」には「熊」というエッセイ、「こぐま座」には「こぐま座β流星群」といった具合に、いっけん、関わりがあるような、でも読んでみると星座とは直接関係が無く、星座のことが書かれているのかと思って読み始めると見事に裏切られ(笑)てしまいます。オープニングを飾る「熊」なんて、本物の熊のエピソードで、最後にはオカルト映画のような結末が… これにはまってしまうと、あとは88星座分のエッセイを一気に読んでしまうという中毒症状に見舞われてしまいます。

 スタイルは88星座すべて同じ体裁で一話読み切り、左ページ(奇数)に星座絵図、右ページ(偶数)に読み切りエッセイになっています。例外としてチロが主人公の「転落」が3ページにまたがっています。



ふじい旭の新星座絵図

【ふじい旭の新星座絵図】NDC440
誠文堂新光社(1976年12月25日発行)

 1970〜80年代当時、このころ星を眺めていた人のほとんどが、北海道(アイヌ)犬のチロが台長を務めていた白河天体観測所にあこがれていたに違いありません。そして、このエッセイ集を読むことによって、あたかも、自分自身が疑似メンバーになっていたのではないかと思います。それほど、この『ふじい旭の新星座絵図』で赤裸々につづられた天文台日誌風のエッセイは読む人を引き付け、自分もそこに出入りしている錯覚に陥ってしまうほどの魅力を持っていました。それは藤井さんの感受性や文章力の賜物ではないでしょうか?

 今現在、私は、この白河天体観測所の一員だった村山定男先生が出入りしていた国立科学博物館の天文室に出入りさせてもらっているという境遇に恵まれ、たびたび登場している先生方の愛用の品々を使って星空の案内を手伝わせてもらっています。なんというめぐり合わせでしょう。



 本の表紙がボロボロなのは、当時飼っていた小桜インコ(ツッピィ)とブルーボタンインコ(ジャッキー)が、こちらのすきを見つけてはショリショリと見事な嘴さばきにより表紙の一部分が切り取って、自分の羽に差し込んでいたからです(これは巣作りの本能から来る行為らしい)。当時は腹が立ちましたが、今となっては懐かしい思い出(その朗読したテープには、背後にジャッキーのさえずりも入っているので消去できない…)。


「ふじい旭の新星座絵図」もくじ
春の星座 夏の星座
おおぐま座:熊 かんむり座:怪
こぐま座:こぐま座β流星群 へび座:蛇
やまねこ座:遭難 へびつかい座:医者
かに座:月没帯食 ヘルクレス座:星明り
しし座:地震 てんびん座:郭公
こじし座:雨の音 おおかみ座:栗
うみへび座:出会い さそり座:雪
ろくぶんぎ座:山霧 いて座:山火事
コップ座:鳥 みなみのかんむり座:星空への招待
からす座:駄洒落 りゅう座:ジャコビニ流星雨
うしかい座:赤飯 こと座:観天望気
りょうけん座:ハンター わし座:あぶ
かみのけ座:避雷針 はくちょう座:ブラックホール
おとめ座:すぴかさん こぎつね座:狸
ケンタウルス座:卵 や座:隕石橋
  たて座:てんとう虫
  いるか座:洪水
   
秋の星座 冬の星座
やぎ座:鋭眼 エリダヌス座:暖炉
みずがめ座:糞 オリオン座:赤面山
みなみのうお座:豆 うさぎ座:野兎
つる座:仙人 はと座:空飛ぶカメラ
ちょうこくしつ座:隕石さがし きりん座:鍵
けんびきょう座:天文一夕話 ぎょしゃ座:ふんころがし
とかげ座:花火 おうし座:雪女
ケフェウス座:工場 いっかくじゅう座:X
カシオペヤ座:桜 おおいぬ座:あし
こうま座:田毎の月 こいぬ座:ソリ
ペガスス座:遠野物語 ふたご座:ぬかるみ
アンドロメダ座:ビーラ彗星 とも座:静電気
さんかく座:M33 りゅうこつ座:南極老人
うお座:木星  
おひつじ座:星野写真  
くじら座:気仙隕石  
ペルセウス座:レチキュレーション  
   
南天の星座  
みなみじゅうじ座:南十字  
はえ座:鶏  
じょうぎ座:春眠  
さいだん座:スライディングルーフ  
ぼうえんきょう座:温泉  
インディアン座:食欲  
ほうおう座:ウエスト彗星  
とけい座:転落@  
がか座:転落A  
みずへび座:転落B  
ふうちょう座:登山  
さはちぶんぎ座:こおろぎ  
   

 

星空の四季
【星空の四季】0044-3854
誠文堂新光社(1973年9月25日発行)

本の帯に抜き書きされた一節、
“カエルの鳴き声の賑やかな田舎道を歩いていると大きな大きなさそり座のS字のカーブが、向こうの森の上にいてびっくりさせられることがある”
 という文を読んで、今までに体験したことのない星空の情景に触れることができたのを思い出します。私が藤井さんのエッセイに触れた最も最初のもので、この本の中には後に“新星座絵図”として発売されたエッセイ集の先駆けとなった“私の星空”が巻末に掲載されています。

“十月も中旬を過ぎて那須連峰に初雪が降ると、それまでとろんとしてさえなかった星空が急に輝きを増して私の星空の季節が始まる”

 出版は逆ですが、私の読んだ順番が『新星座』のあとに『四季の星空』だったので、写真集が終わった後に収められた5篇のエッセイは、今でいうところのボーナストラックみたいな印象を受けました。それぞれのエッセイは、短編ばかりで文字数が足りなかったため『新星座』には加えられなかったのでしょうか?

「氷の中の星空」「怪談ばなし」「動物たち」「地震」「山火事」

なお、『新星座絵図』でも春の星座の中に「地震」、夏の星座に「山火事」がつづられていますが、新たに書かれたエッセイです。








 一度も行ったことがないのに見慣れた風景。それはこうした写真をあちこちで目にしていたからにほかなりません。@の写真なんて大好きなショットでした。

 また、1985年に放送されたNHKの番組『星空ウオッチング』で、俳優の山本コータローらが訪れ、大野裕明さんや講師役でスキーのニット帽をかぶって出演した草下英明氏が星空の楽しみ方を、ここから発信してくれたのも大きかったかもしれません。私は写真以外で、初めて「動く」白河天体観測所を見て、自分もそこにいるような気分になりました。あそこに行きたいと思っていた天文ファンは多かったから、結構視聴率が良かったりして(笑)

 

 

 そして現在、2011年の東日本大震災の影響と、「結成時の5人のうち、あの世にいった人間がこの世に残った人間より多くなったら天文台を閉めよう」という最初の約束もあって、天文ガイドの2013年11月号に寄稿された藤井さんの宣言で50年の幕が降ろされたのです(2013年8月13日の村山先生の逝去。お通夜の晩、8月16日、上野では観望会スタッフは先生を偲んで観望会を実施しました )。

 しばらく天文ガイドから離れていたので連載がいつから始まったのかわかりませんが、うかつにも藤井さんの新エッセイ「ふじい旭が行く」というシリーズが連載していることを知りました。いつだったかうろ覚えですが、書店で立ち読みした際に気づき、昔を懐かしんで読ませていただきましたが、どことなく万人向けの文章になっていて、あの不思議な感覚の薄れた感じがしたのを覚えています。

 そして今回の幕引きのエッセイ「ああ、楽しかったの50年」は、『新星座絵図』を何度も読み返しては白河天体観測所に出入りしていたファンとしては、ちょっとしたショックを受けたました。
 こうした宣言は、なんとなくしめやかな感じが漂っているのですが、ご本人たちがそう思っての幕引きなので、ファンとしても引きずってはいられません。こちらからも夢をありがとう、星空の楽しみを、星以外で教えてくれてありがとう!と言いわせていただきます。

 ただ、幕を引いた今でも、エッセイを開くたび白河天体観測所は、私の憧れの場所であり、星見のスタイルであり、永久に開店中なのです。読み終わるたびに最初のページに戻れるし… しかも翌12月号では「私が目下再チャレンジで製作中のふじい旭の新星座絵図…」なんてことが書かれているではありませんか! そうこうしているうちに、星の手帖社からはオールカラーの星座キャラクターたちの関連商品が発売されるし。今もって、なにかと気になる新星座絵図なのです。

星の手帖社から季節ごとの全天星座図としてカラーファイルが発売されています。


そして私の『一番星のなる木』が最も影響を受けた本なのです。
プレゼントしてくれた友だちに感謝!

小尾信也先生を偲ぶ会(2016年3月13日東京大学駒場キャンパス)にてお会いした際、「カラー版は来年出るよ」との情報をいただきました!