星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

 1993年12月2日サントリーホール。長いこと待たされて、ようやく来日も決まりチケットも購入し(なんとピアノの目の前2列目!)万全を整えていた矢先に、まさかの、あるいは予測していたキャンセル(魔として有名)となってしまいました。しかし、その後しばらくたった1995年6月、訃報の便りが届いてしまいました。

「キャンセルの理由はホントだったのか」

 これが私とミケランジェリの直接(?)の関わりで、残念ながら実演の機会もなく、来日直前に他界するという不運が重なって、私は彼が紡ぎ出すドビュッシーが響く瞬間を逃していまいました。

アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-1995)
Arturo Benedetti Michelangeli

 私が手に入れたリサイタルは、ミケランジェリらしい、そして「じゃなければ聴きに行かない」であろうオール・ドビュッシーでした。ミケランジェリが残したドビュッシーのアルバムのうち、1stになった前奏曲集第1巻を除く曲目が全て目の前で演奏される機会を得たのです。

しかし彼の訃報により来日は実現しませんでした。

  今ではCDで彼の演奏を繰り返し聞くばかり。とはいえ、これまでもミケランジェリの演奏はレコードかCDに記録された音源を聴くことしか出来なかったから、環境的にはこれまでも、そしてこれからも何ら変わることはないのですが。

  これほどまでにドビュッシー好きになる以前、FM東京の朝のクラシック番組でエア・チェックした「水の反映」が何よりも大好きでした。独特の響きがあったのは、多くのピアニストの演奏を聴くたびに「この響きじゃない」と、なんだか響きに対してこだわっていました。そして名盤ガイドにミケランジェリの演奏に対して「響き」という言葉がキーワードになっていることに気づき、それまで手にすることのなかったミケランジェリのレコードに手を出して行ったのです。
 
 私がミケランジェリのレコードに手を出すきっかけになったのは、ドビュッシー最後のアルバムとなり、来日プログラムのメインだった『前奏曲集第2巻』がニュー・リリースされたからです。 の演奏が誰だったかという疑問が長いこと心の片隅に引っかかっていました。そのまま月日は流れ、ミケランジェリの『映像集』でその謎が解けました。何十年も前に聴いた演奏なのに、彼のレコードを聴いた瞬間、誰にも真似のできない響きを思い出すことができました。だからわかった。その瞬間、とても嬉しかったのを覚えています。



子供の領分、映像(1971年録音)

Side-A

映像 第1集
水の反映(Reflets dans l'eau)
ラモーを讃えて(Hommage à Rameau)
運動(Mouvement)

映像 第2集
葉ずえを渡る鐘(Cloches à travers les feuilles)
そして月は廃寺に沈む(Et la lune descend sur le temple qui fut)
金色の魚(Poissons d'or)

Side-B

子どもの領分
第1曲 グラドゥス・アド・パルナッスム博士 (Doctor Gradus ad Parnassum)
第2曲 「象の子守歌」 (Jumbo's Lullaby)
第3曲 「人形へのセレナード」 (Serenade of the Doll)
第4曲 「雪は踊っている」 (The Snow is Dancing)
第5曲 「小さな羊飼い」 (The Little Shepherd)
第6曲 「ゴリウォーグのケークウォーク」 (Golliwogg's Cakewalk)


 ドビュッシー最初の作品集。レコードではA面に映像全曲(第1集、第2集)、B面に子供の領分が収録されました。
  私はミケランジェリの演奏した映像、特に第1集第1曲目の「水の反映」のタッチと響きが大好きで、初めてラジオで聴いてから、それがミケランジェリの演奏によるものだったと辿り着くまで、20年近くの歳月を要しました。確かFM東京の早朝の番組で、冨田勲の『ドビュッシー』繋がりで、ドビュッシーのピアノ曲に飢えていた頃(笑)に、たった1回聴いただけだったのですが、印象に残る演奏だったのです。恐らく、響きかタッチが、まさに自分の思い描く水の反映の映像が、見事に音として描かれたものとマッチしたのではないでしょうか?自分でも20年近く、このタッチを覚えていたとは驚く他ありません(笑)。そうしえば、ウルトラセブンのシューマンのピアノ協奏曲を探し当てた方の本を読みましたが、まさにあんな感じ(笑)




前奏曲第一巻(1978年録音)

前奏曲集 第1巻

Side-A

第1曲 デルフィの舞姫 - Danseuses de Delphes
第2曲 ヴェール(帆) - Voiles
第3曲 野を渡る風 - Le vent dans la plaine
第4曲 夕べの大気に漂う音と香り - Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir
第5曲 アナカプリの丘 - Les collines d'Anacapri
第6曲 雪の上の足跡 - Des pas sur la neige

Side-B

第7曲 西風の見たもの - Ce qu'a vu le vent d'ouest
第8曲 亜麻色の髪の乙女 - La fille aux cheveux de lin
第9曲 とだえたセレナード - La sérénade interrompue
第10曲 沈める寺 - La cathédrale engloutie
第11曲 パックの踊り - La danse de Puck
第12曲 ミンストレル - Minstrels


 まさか私の探していた「水の反映」が、ミケランジェリのレコードだったとは思ってもなかったのと、若き俊英ミシェル・ベロフの全集が基本になってた(笑)こともあって、ミケランジェリの演奏を聴いたとき、ちょっと自分の好きな演奏じゃないなというのが第一印象でした(デルフィの舞姫のテンポが私には早すぎた、けど最後の一音の音は好き。結局はドビュッシーの曲が好きなんですけど)。でも、響きはガイド通りに美しい。後になって思えば「何の映像も浮かんで来なかった」演奏に感じたのです。実を言うと、いまでもそれは変わらないのですが、きっとドビュッシーの楽譜を、演奏者の思いを入れずに、作曲家独特の響きを完璧に再現すると、こうした演奏になるんだなと思いました。でも「沈める寺」なんかは大好きですけど。




前奏曲第二巻(1988年録音)

前奏曲集 第2巻

第1曲 霧 - Brouillards
第2曲 枯葉 - Feuilles mortes
第3曲 ヴィーノの門 - La Puerta del Vino
第4曲 妖精たちはあでやかな踊り子 - Les Fées sont d'exquises danseuses
第5曲 ヒースの荒地 - Bruyères
第6曲 奇人ラヴィーヌ将軍 おかしなやつ- Général Lavine - excentrique
第7曲 月の光が降り注ぐテラス - La terrasse des audiences du clair de lune
第8曲 水の精 - Ondine
第9曲 ピクウィック氏をたたえて - Hommage à S. Pickwick Esq. P.P.M.P.C.
第10曲 カノープ - Canope
第12曲 花火 - Feux d'artifice
 私のミケランジェリ・リアル体験は、このアルバムから。そして来日コンサートへと続くはずでしたが… 当時の帯に書かれていた10年ぶりというレコーディングに、その広告を雑誌で見つけたときは、立ち読みでしたが小躍りするぐらいに喜んだ記憶がありす。




ドビュッシー作品集
 
 ミケランジェリが公式録音として残した音源を一枚にまとめたもの(1995)。リリースに当たりデジタル・リマスター処理が行われ、ノイズが軽減しているようです。バラバラに購入した方は必要ないかもしれませんねー

 そしてミケランジェリ生誕100周年記念として、2020年にグラモフォンにレコーディングされた、彼のドビュッシーの音源が24-bit/192kHzでリマスタリング処理され、再びドビュッシー作品集としてリリースされました。これで一気に彼のレコーディングを通しで聴くことができるようになったわけです(便利になったもんだ…)。これまでにもバーンスタインのベートーヴェン交響曲全集や、カラヤンのブルックナー交響曲全集、ニーベルングの指輪などでお世話になっているシリーズです。

 ドビュッシーの演奏に対して、ディスクガイドなどによれば「透徹した響き」という表現がよく使われていましたが、まさにミケランジェリの演奏? それとも「録音」がもっとも再現されたパッケージになっているかもしれません。ブルーレイで視聴しましたが、ここまでフランス的な「モワッ」とした雰囲気を排除したドビュッシーは、いままでのミケランジェリのディスクでも聴いたことがなかったような感じがしたほどです。






 気難しい人で知られる(演奏会もお客さんの動向によっては弾かずにそのままリサイタルをせずに帰ってしまうこともあったとか!)ミケランジェリですが、1973年4月にもう一人の天才、カルロス・クライバーとの共演があったそうです。その後、同じ曲目のレコーディングセッション時に再び顔を合わせたとき「両者間で意見が対立」し録音はされなかったそうです。曲目はベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番がそれで、当時のEMIプロデューサーのジョン・モルドラー氏の回想によれば

“ある時、チェロの首席奏者がミケランジェリに「マエストロ、どのくらいのスピードでやりましょう?」って聞いたんです。これですよ、クライバーは出ていきました。皆がもう帰ってこないと気づいたときにはもう、彼はミュンヘンへ向かっていました”

というエピソードが残っています。(WAVE31 カルロス・クライバー」より)

 そのチェロ奏者は、なんという地雷を踏んでしまったのでしょうか!(笑) ミケランジェリはこの後、カルロ・マリア・ジュリーニ/ウィーン交響楽団とライヴレコーディングを行っています。

ドビュッシーの世界ミシェル・ベロフフィリップ・カッサール

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