星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)




 僕が不知火に対してのあこがれを抱き始めた頃、すでに科学的にも不知火の正体は暴かれていた。だからといって不知火に対する興味がそがれたこともなく、見たいという気持ちはあいかわらずだった。良く“科学的に解釈・解明してしまうと、夢もロマンもなくなる”といった言葉を耳にすることがあるが、果たしてそうだろうか? 僕はそうは思わない。

  確かに先入観や知識が先行してしまうと、神秘性というものの見方はできなくなってしまうのは仕方ないことだが、気象学的(不知火は特定の気象状況が揃うと発生する)にも条件がそろえば、不知火と怖れられた現象は、は何百年もの時を隔てた現在でも出現するなんて、それだけでも驚異的といえるのではないだろうか。




 今までわからなかったことが解明されたからといって夢まで壊された試しは今の一度だってない。科学的に解明されても別の夢やロマンが生まれてくると思っているからだ。それに科学で説明できたからといって昔の人々が抱いた(この場合は不知火)怪火に対する畏怖の念を笑う人なんていないだろう。実際に不知火を見ることができれば、今の僕にだって当時の人の心に芽生えた自然界に対する畏敬の念というものが湧いてくると思う。時代を隔てた人たちと、同じことを思うことが僕にとっての夢であり、憧れだと思っている(僕はあまりロマンという言葉を使ったことがないので、その言葉は敢えて避けるが…)。だからこんなに遠いところにまで足を延ばしてでも経験してみたい、自分の目で見たいと思う。




 宇宙にしても自然界の現象にしてみても、僕がもっとも興味を引かれるのは、どうしてそれを体験した人々が自然現象に対して恐れを抱いたんだろうということだ。つまり自然に対する畏敬や畏怖の念。僕は起きている現象がどうのこうのもあるけれど、自然現象に接したときの人の心に興味があるのである。不思議なものを目にしたときや体験したときは、いつの時代だって人の心に芽生える畏敬の念というものは変わらないはずだから。自分の目で有明海の不知火や魚津の蜃気楼を目撃したら、純粋に「これは一体なんなんだろう」と畏怖の念が生じると思う。少なくとも大火球を目撃したときと同じ自然への恐怖が湧き起こってくるはずだ。それがいい。

 「九州に行くなら絶対に不知火が見たい」そう思って今まで九州に足を向けたことはなかった。厳密にいえば屋久島に行く途中に鹿児島空港に降り立ったことはあるけど、今回のように九州を回るのは初めてのことだ。今回の旅行の(あくまでも僕の)メインはあくまでも有明海の不知火だった。不知火に至るまでは長崎の町並みや、熊本の石橋、そして高千穂峡の景観を楽しみ、最後の最後に不知火を見に行くという、今までの僕の旅では贅沢を極めたコースになった。

 不知火に憧れていたわりには、不知火町があることすら知らなかった不届き者である。熊本市街から八代へ向かう道は、国道ということもあってまずまずの交通量だった。夜も10時をすぎたということも考えれば当然のことだけど、左手に湾らしき姿が見えると急に町並みも一変した。そこが不知火町だったのだ。
 真夏ということもあり、僕らの乗っている車は窓を開けて外の空気をいっぱいに吸い込んでいた。だから寝ついた町を走り抜けるときの音といったら、あたりの住宅地を縫うようにして大きな音を立ててしまい申し訳ないとさえ感じるほどだった。しかし、この町の向こう側に広がる海上に昔の人々が怪火として恐れていた不知火が出現すると思うだけで、僕のペダルを踏む足に力が入る。

 そういった雰囲気の漂うだからか妙に街灯も少なかったし、海岸を走る国道沿いにもほとんど街灯らしきものはなかった。だから防波堤がなければ海に吸い込まれてしまいそうな錯覚さえあった。それに海上の方のかすかな光がもしかしたらあこがれの不知火なのかもしれないと考えるだけでワクワクした。
 結果的には晩ご飯も食べずに足を運んだにもかかわらず目にすることはできなかったけど、不知火町の雰囲気は他では味わうことのできない感覚だった。それは僕が不知火に対して並々ならぬ(ずいぶん前から見たかった)期待を寄せていたからかもしれない。とにかく見ることはできなかったけど僕は満足だった。





不知火とは

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