星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

 フランスの作曲家エルサンが2014年に作曲した、弦楽四重奏曲第4番「星空」というタイトルほど、星好きが興味を惹かれるタイトルはないのではないでしょうか。そして、このジラール兄弟が中心となったグループがカップリングとして選んだのは、ベートーヴェン。1806年作曲ラズモフスキー第2番。実に良く寝られた選曲なのですが、音楽史を紐解いてみましょう。

 ベートヴェンの作品番号59-2、ラズモフスキー第2番は、ロシアのアンドレアス・ラズモフスキー伯爵から委託されて作曲。それで名前もラズモフスキー。この曲にはカントの「我が上なる星空と、我が内なる道徳法則、我はこの二つに畏敬の念を抱いてやまない」を引用したことでも有名(『実践理性批判』)。
  さらに第2楽章に至っては、弟子のチェルニーに「星空のもとでの瞑想」と回想していたとか。この曲にまつわるベートーヴェンと宇宙(星空)のエピソードは、比較的有名のようです(私はベートーヴェンを聞くようになるまで知りませんでしたが)。

 ベートーヴェンはボーデの『やさしい星学入門』も愛読していたようです。さすがは感受性豊かな芸術家だけに、と思いましたが、ボーデのこの本は、当時大ベストセラーになった一般向けの天文書でした。  昔の本なので、私はこの本を読んだことがありません。だから当時の最新の天文書と思っていましたが、最近読んだ『地球外生命論争』の中で興味深い記述を見つけました。そこでボーデにふれ、彼は地球以外の多世界論といった思想を持ち合わせ、それを『やさしい星学入門』に盛り込んでいたようです。
 それを踏まえると、ベートーヴェンがボーデに影響を受けた?と思えるシーンがちらほら見えてきます。特に第九に採用されたシラーの歌詞など、ベートーヴェンにとって「これだ!」と電撃が走ったんじゃないかと。

 そんな宇宙に興味を抱いていた彼は、もしかしたら高橋至時らが翻訳したジェローム・ラランド(1732-1807)の『ラランデ暦書』も目にしていたかもしれません。原題はオランダ語で『天文学』でした(1792)。当初ラランデも多世界論でしたが、1806年ごろまでには「19年間天界を見ていて神の存在が必要ないことが分かった」と宣言し、ことごとく自らの著名には「無神論者ラランデ」とサインしたそうです。海外でも翻訳されるほどの数理学的な天文学書だったからか、ラランデの考えに納得しなかったからか、ベートーヴェンの蔵書には見当たらなかったようですが。
 ベートーヴェンは少年時代、屋根裏部屋から望遠鏡で遠くを見ることが好きで、日中は遠くのジーベンゲビルゲ山脈を眺め、夜になると星空に天体望遠鏡を向け、星を眺めることが好きだったというエピソードが残っているぐらいで、カント、シラー、ボーデといった著名人の著した天界に興味を持っていたのでしょう。しかもそれが顕著に表れたのが、人類の代表作と個人的には思っている交響曲第9番の歌詞の使用に結びついたのかもしれません。

 そんな天界とのかかわりのあるラズモフスキー第2番をカップリングに据えたエルサンの『星空』も、これらのエピソードを念頭に耳を傾けると、ベートーヴェン的(ラズモフスキーからの引用あり)で夜想曲風の表情を垣間見せ、星空からのメッセージとも思える抒情的内容を受け取れそうです。時にはショスタコーヴィッチの影響もちらほらし、いかにも現代音楽を歌いだしますが。

フィリップ・エルサン(1948-)
ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン()
カール・チェルニー(1791-1857)
エマニュエル・カント(1724-1804)
ヨハン・ボーデ(1747-1826)
ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー(1759-1805)
ジェローム・ラランド(1732-1807)
 
 

 

THE STARRY SKY
 
 

ジラール弦楽四重奏団
ユーグ・ジラール;ヴァイオリン
アガーテ・ジラール;ヴァイオリン
オドン・ジラール;ヴィオラ
ルーシェ・ジラール;チェロ


 そんな天界とのかかわりのあるラズモフスキー第2番をカップリングに据えたエルサンの『星空』も、これらのエピソードを念頭に耳を傾けると、ベートーヴェン的(ラズモフスキーからの引用あり)で夜想曲風の表情を垣間見せ、星空からのメッセージとも思える抒情的内容を受け取れそうです。時にはショスタコーヴィッチの影響もちらほらし、いかにも現代音楽を歌いだしますが。




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