鏡の中の鏡(SPIEGEL IM SPIEGEL)
 とてもシンプルな曲で、ピアノの三連音が星のきらめきを思わせてくれるような、美しく透明感のある音楽です。アルヴォ・ペルト(1933〜)によって書かれ、私のツボに見事におさまった小品。これを夜想曲と呼んでも差し支えないのではないでしょうか?

 夜の闇を動くものが人の目に感知されるのは動く物体にほかなりません(光源)。その代表的なものと言ったら星のまたたきであり、流れ星とか、そういう類しかないでしょう。ペルトのこの曲は、不変の時の流れと、気づかないけれど確かに動き続けている(日周運動という)天界の星々を見事に表現しているとしか思えません。確かに音楽だけに注目すれば、退屈と思う人がいてもおかしくはないと思います。変化のない単調な曲調なので、この調べに耳を傾けていると、苦痛と感じる人もいると思います。同じように、ただ単に星空を眺めているだけだと、何も変化を起こさない星空に退屈さを感じるひともいるでしょう。それが苦手なんだ、という人が。

 しかし、この曲を流しながら星空を眺めてみると、これ以上、動かない星空の動きを感じられる音楽はないと思えてくるのです。だからといって防寒着に身を包んで構える必要もありません。「星を眺める」ということに「こうしなければならない」というスタイルはないのですから。つまり、駅から家までの帰り道(10分ぐらいがちょうどいい)にだって仰げるし、寝る前の戸締りの時でもいい。そして携帯プレイヤーという便利なものがあって、そんなわずかな日常の時間でも、星と音楽とかが身近に感じられるだろうから。


 

眠れない夜(1996)
春の海(宮城道雄)
夜想曲-ルトスワフスキの思い出に-(カイジャ・サーリアホ)
スタンザ II(武満徹)
眠れない夜(高橋悠治)
星たちの息子(エリック・サティ/武満徹)
5つの小さな二重奏曲(ジャン・フランセ)
ダフネ練習曲(リヒャルト・シュトラウス)
6つのメロディ(ジョン・ケージ)
鏡の中の鏡(アルヴォ・ペルト)
ゴッドファーザー(ニノ・ロータ)
古い様式による組曲:パントマイム(アルフレッド・シュトニケ)

 ハープに吉野直子を迎えてレコーディングされた『眠れない夜』。このアルバムの中に収録されていた演奏が、私にとって初めて接した「鏡の中の鏡」です。とはいっても、当時、このアルバムのお目当てはサーリアホの「夜想曲」や、サティの「星たちの息子」だったから、聴いたというよりは、それ以外の収録曲に関しては、ほとんどかけ流しの中で聞こえていただけ、というのが正しいかもしれません。正直に書けば、ほぼ覚えていません(笑)。


時の谺(1970)
ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 Op.77(ショスタコーヴィッチ)
V & V(ギヤ・カンチェリ)
抒情的なワルツ(ショスタコーヴィッチ)
鏡の中の鏡(アルヴォ・ペルト)
ヴォカリーズ(セルゲイ・ラフマニノフ)
 この曲を初めて意識して耳を傾けるようになったのがこのリサ・バティアシュヴィリのヴァイオリンとエレーヌ・グリモーのピアノによるデュオでした。まさに駅から家までの帰り道に見上げた星空を眺めているときに、そうだ、と思って選曲した演奏。その時初めて、この曲のピアノがきらきらとした星の輝きを思わせる単調な調べで、目の前の春の星座たちを追いかけながら耳を傾けたのです。 このアルバムのメインはサロネンとの共演となるショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲第1番。新人ヴァイオリニストにとっては超豪華なバック陣で、後半のペルトとラフマニノフはグリモーのピアノです。ラフマニノフはビデオも存在し、この二人の共演を映像でも楽しむことができます。
 この演奏のあと、大そう気に入ったので、他のレコードを探したら、単調な曲の割にレコーディングの多さに驚かされました。その中の一枚が、先のクレーメルの演奏でした。「あれっ、すでに持ってたか!」という具合に。


 

アリーナ(1995)
1. 鏡の中の鏡(Vn, Pf)
ウラディーミル・スピヴァコフ:ヴァイオリン
セルゲイ・ベズロードヌイ:ピアノ
2.アリーナのために
アレクサンダー・モルター:ピアノ
3.鏡の中の鏡(Ce, Pf)
ディトマール・シュヴァルク:チェロ
アレクサンダー・モルター:ピアノ
4.アリーナのために
アレクサンダー・モルター:ピアノ
5.鏡の中の鏡(Ce, Pf)
ウラディーミル・スピヴァコフ:ヴァイオリン
セルゲイ・ベズロードヌイ:ピアノ
 この曲は様々な楽器で演奏することが可能らしく、このアルバムではヴァイオリンとチェロが演奏しています。さすがECMレーベルらしい、贅沢なアルバム作りです(だって、たった2曲しか演奏していないんだから!)。ただ、他のアルバムではヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの三弦でのレコーディングもあるので、ファンとしてはヴィオラでも録ってよー、という感じです。ますます静寂を感じる曲であり、アルバムです。

 

 

SPIEGEL-IM-SPIEGEL(2006)
1. 鏡の中の鏡(Vn, Pf)
ベンジャミン・ハドソン:ヴァイオリン
ユルゲン・クルーゼ:ピアノ
2.アリヌーシュカの癒しに基づく変奏曲
ユルゲン・クルーゼ:ピアノ
3.アリーナのために
アレクサンダー・モルター:ピアノ
4.鏡の中の鏡(Va, Pf)
ベンジャミン・ハドソン:ヴィオラ
ユルゲン・クルーゼ:ピアノ
5.アダージョ(モーツァルト)
ベンジャミン・ハドソン:ヴァイオリン
セバスチャン・クリンガー:チェロ
ユルゲン・クルーゼ:ピアノ
6.鏡の中の鏡(Ce, Pf)
セバスチャン・クリンガー:チェロ
ユルゲン・クルーゼ:ピアノ
 このアルバムにはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロによる演奏が収録されています。しかも願ったりかなったりのSACDです(Brilliant万歳!)。その三弦の間にはピアノソロによる「アリーナ」と、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの三重奏によるモーツァルトの「アダージョ」が収録されています。
 マルチチャンネルによるリスニング空間は、どんなにショボイ私の部屋でも、どんなにショボイ音響システムでも、豊かな広がりと音(楽)が生き物であるというこを教えてくれます。
 「鏡の中の鏡」はヴァイオリン〜ヴィオラ〜チェロと、だんだん低弦に移っていく様子を一枚のアルバムで楽しむことができるお得盤と言えるでしょう。先のECMにも似た企画がありましたが、そちらはヴァイオリン〜チェロ〜ヴァイオリンでした。

 ピアノの伴奏は星のまたたき、ゆっくりとした運行も感じさせてくれるのです。人の目には動いて見えることはない日周運動も、このピアノ譜の進行と同じように少しずつ、少しずつ変化しています。弦の歌は星々の間からこぼれてくる星たちの物語。