レナード・バーンスタインピエール・ブーレーズのマーラー

 1994年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との初セッションで、マーラーの交響曲第6番をレコーディングしたピエール・ブーレーズ(1925.03.26〜)。現代作曲家にして、最近は指揮者としての活躍が目立ってきましたが、マーラーの作品として最初に手をつけたのが、あまり人気のない第6番を持ってくるとは「さすがはブーレーズだなぁ(でもやっぱりね)」と思いました。

 当初は器楽作品のみというアナウンスだったと思うのですが(第1番もロマン派的な作風を残しているだけあって、やはりブーレーズには似合わないと思っていた)あれよあれよというまに6、7、5、9、1と続き、ソプラノの4、アルトとテノールの大地の歌、アルトと合唱入りの3、そしてソプラノとアルト、合唱入りの2。規模がどんどん大きくなってきました。そして、2007年4月、ベルリンにて『千人の交響曲』をライヴで取り上げ、そのままスタジオ入りしてくれました。そして2010年、『子供の不思議な角笛/交響曲第10番アダージョ』をもって、マーラー全集を完結させます。

 感情の入ることのない、スコアのみを音に置き換えてゆくブーレーズのスタイル。現代音楽、もしくは現代音楽の作曲家というと、その印象は無機質で冷たく、どことなく機械的なといったようなイメージが私にはあります。ブーレーズには、その演奏そのものが現代音楽風(およそ人間業とは思えないような多角的な一面をもって)に鳴り響く立体的な構造を見せてくれる。あるいは絵画のようです。つまり絵画にしても譜面にしても、それは受け手の読みとり方ひとつで、どんな意味にも変化してしまうように、それ自体には何の意味を持たないものです。それらはただの紙に重ねられた色の集合体であり、ただの白い紙に五線が引かれた音符の並びに過ぎません。ブーレーズは聴き手に解釈を委ねるかのような無機質な演奏を行っているように思えます。ジョン・カルショウが語ったところによる「私はロマン派の音楽で、というよりはおそらくはすべての音楽で、控えめであろうことをすることを好まない。これが、あらゆる有能な指揮者たちの中でピエール・ブーレーズを最も退屈な存在だと個人的に思う理由である」に繋がるのでしょう。

 そんなブーレーズがロマン派後期から現代音楽への橋渡しとなるマーラーをどう料理するのか?それまでバーンスタインやテンシュテットといった、指揮者が感情移入する演奏に耳慣れてきたので、純粋な「マーラーの音楽」とは、一体どんなだろうかと、シリーズ第1弾の交響曲第6番のリリースには、ものすごーく期待をしていました。そしてそれは、次作を期待せずにはいられないほどの演奏だったのです。それはオーケストラ団員が、ブーレーズの元で演奏をすると良く口にする「蜘蛛の巣をはらった」ように聞こえ、ストラヴィンスキーの鋭いリズムを覗かせ、まさに新鮮なアプローチでした。

 そんな現代音楽風に、非常に心惹かれるアプローチなのですが、全集完成も近づいてきたこともあり、まったく正反対の演奏と聴き比べてみたくなりました。そんな折り、近所の図書館にレナード・バーンスタイン(1918.08.02〜1990.10.14)の二度目の全集(アールデコで有名なエルテのジャケットをあしらったもの)があり、ここに比較視聴するチャンスに恵まれました(笑)。

 二人の共通は作曲家であることと、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督(バーンスタインの後任者としてブーレーズ。以下NPO)だったことがあげられるでしょうか。しかし性格は正反対だったようです。レニーは「指揮者にとって必要なのは、作曲家の立場に自分を置いて解釈しなおすことだ」と言い、そのタクトの元から零れる音楽は、まさに作曲家の心の中を聴いているようです(特にマーラーは)。バーンスタインの二度目の全集は1985年に交響曲第9番から始まり、1990年に死をもって未完になってしまいました。一方、ブーレーズはいよいよ交響曲全集としてカタログに新たな1ページが加わります。

 ここでも対照的なのがレニーは全曲ライブレコーディングで進める予定でいたのに対し、ブーレーズはライブの後にスタジオ・セッションというスタイルをとっています。
 感情にまかせて突っ走るレニーと、楽譜に書かれた音を正確に見通しよく音楽に組み立ててゆくブーレーズ。この両極端な指揮者兼作曲家の描くマーラーは、どんな違いを聴かせてくれるのでしょうか。

ポートレイトはドイツグラモフォンより

 グスタフ・マーラー(1860-911)は、2010年に生誕150周年、そして翌2011年には没後100年という節目となります。いまだに衰えぬレコーディングラッシュが続いています。
(2014/06/28)

レナード・バーンスタイン、二度目の交響曲全集
左ジャケットは交響曲第1番から未完の第10番までをセットにした13枚組の交響曲全集で、右のジャケットはバーンスタイン生誕80周年記念として、11曲の交響曲の他、平行にレコーディングしていた歌曲も収録した16枚組のボックスセットです。私は幸いにして図書館にてこのボックスを借りることができて、なーんと2万4千円のお得(笑)。ただし、解説書がなぜがついておらず(たぶん、どっかの誰かが借りたまま返却してないのであろう)、楽しみにしていた詳細データがわかりません。
 残念ながらレニーの全集は、死によって完結することなく未完に終わってしまいましたが、二度の全集を完成させたアーティストはレニーのほか、ロリン・マゼールぐらいでしょうか?
 ここに収録されることになったのは、新全集では未録音となってしまった8番、大地の歌、10番は古い音源を無理矢理収録して、強引に全集としてリリースしたのでした。

 ちなみに80周年記念のジャケットは考えるマーラーと瞑想するバーンスタインが時を隔てウィーン国立歌劇場のロビーで撮ったもの。なんとなく対話しているようなレイアウトがなかなか…、でしょう?
 ブーレーズの方は交響曲を全曲レコーディングする気はあるのか?当初は器楽のみしか対象にしていなかったにもかかわらず、2007年に大作、交響曲第8番のセッションが終了し、第10番の第1楽章をライヴ・レコーディングをして、とうとう交響曲全集が完成させてくれました。

 なお、マーラーのカンタータ『嘆きの歌』は、バーンスタインは手をつけず、方やブーレーズは、20年近く前に唯一のレコードとして(しかもオリジナルの三部作として)カタログに掲載されていたので、こちらもレコーディングして欲しいと思います。コンプリートボックスになるのでしょうか?楽しみなシリーズです。



交響曲 第1番ニ長調
 若きマーラーが当初2部からなる交響詩として完成させ、改訂の段階で五楽章形式の交響曲となり、失恋を味わい伝統的な四楽章形式の今の形になりました。『さすらう若者の歌』との連作のような関係を持っているため、随所に歌心があり、短く、ロマンティックにあふれた展開。そのためマーラー入門によく推薦される曲です。約60分。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recorded on 1987.
シカゴ交響楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recorded on May 1998.
 
 この交響曲第1番を聴くときは『さすらう若者の歌』を先に聴いてから交響曲を聴くという贅沢な事をしています。嬉しいことにバーンスタイン(トーマス・ハンプソン)もブーレーズ(トーマス・クヴァストホフ)も、共にこの交響曲と関連のある歌曲集をレコーディングしてくれているからです。ブーレーズによれば、オケはスケジュールの関係で交響曲、歌曲とも異なるオーケストラを起用していますが、偶然か、歌曲は二人ともウィーンフィルを振っています。

 ブーレーズだとさらりと歌い流すようなパートでも、レニーは自らの思い入れをたっぷりと入れて、じっくりと歌を歌わせています。ライヴレコーディングとスタジオセッションという環境の違いもあるのですが、それがかえってレニー色を引き出す一因になっているのでしょう(「常識では」録り直しきかない)。ソロパートが良く聴き取れるのは、レコーディングスタッフが頑張ってくれているからでしょうか。ライヴなのに、という感じ。
 特にレニーのフィルター越しに色濃く表現されているのは第2楽章と第4楽章です。意外だったのは第3楽章でした。あの有名なチェロの旋律の扱い方が、私が思い描いていたイメージと完全に逆だったからです。このメロディはボヘミアで歌われている古い民謡「マルティン兄弟」の旋律を、そのまま借用しているとかで、日本では長調へ転調させて「グーチョキパーでなに作ろぉ」という子供番組でお馴染みのメロディです。うちの子供にマーラーを最初に聴貸せたのは、まさにこの曲の第3楽章でした。

 しかし、なんといっても第1番のハイライトは、エンディングでホルン奏者が全員立ち上がり、高らかに歌い上げる第4楽章でしょう。
 この楽章の導入となる冒頭のシンバルのヌケの良さと、ティンパニの入り方はさすがレニー!レコーディングエンジニアの音の作り方にもよるのでしょうが、レニーは中央から、ブーレーズはその位置がしっかりと確認できるように、やや左から、奥行きを感じさせるように小さめの音で入っています。 レニーのロマン的な解釈と、ブーレーズの現代音楽作曲家としてのフィルターを通した解釈。この曲ではブーレーズの演奏した方が、よりロマン的な響きに感じるという不思議な感触があります。終楽章のテンポ設定もブーレーズの方が好みです。

 私のマーラー初体験は、いろいろな本を読んだ結果、まずこの交響曲第1番で、1966年にコロンビアに吹き込んだレニーのレコードでした。その演奏と比べると、より重みを増したという感じです。

その他の演奏






交響曲 第2番 ハ短調
 この曲の聴きどころは、最終楽章に置かれた神秘の合唱と、エンディングの復活劇を歌った全強奏の盛り上がりに尽きるといっても過言ではありません。私は、いつもラストで涙を流してしまうし、実際、演奏者の中にも感極まって涙を流しているアーティストを何人かお見かけしました。演奏時間はギリギリCD一枚に収まる場合もありますが、テンポにより2枚に分かれてしまいます。約80分。
ソプラノ;バーバラ・ヘンドリックス
アルト;クリスタ・ルードヴィッヒ
ウェストミンスター合唱団
ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recoeded on 1987.
ソプラノ;クリスティーネ・シェーファー
メッゾ・ソプラノ;ミシェル・デ・ヤング
ウィーン楽友協会合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Jun 2005.
 
 1987年にレコーディングされたバーンスタイン盤では、相変わらず「私はマーラーなのだ」と、冒頭からぶち切れた演奏で、オケも何でもありみたいな、吹っ切れたところがあり、ライヴ録りということもあり、かなりワイルドでラフな演奏が再現されています。特にエンディングは何者かが乗り移った様な鬼気迫る形相を見せ、圧倒されます。この曲はこうでなきゃ!
 それに引き換え、2005年ブーレーズ盤は期待していたほどの感動が得られぬまま終楽章を迎えてしまい、

 さて、この曲は無謀にも私が振りたい(思うのは勝手でしょう)No1の曲なので、ブーレーズのレコードがリリースされる情報が入ったときは、これまで以上に期待をしていたのに、いざ聴いてみると「なんじゃろうか?」という疑問ばかりが浮かんできました。ブーレーズの演奏には、がっかり意外の何も感じられませんでした。も〜う〜 なんだよぉーという気分。シカゴ響との交響詩「葬送」が良かっただけに。 これは何が良くなかったのか?ウィーンフィルの甘い砂糖菓子のコーティング漬けをブーレーズが溶かしきれなかったのか? しかも(グチしかでてこない!)同じウィーンフィルとの6番や5番はブーレーズの真骨頂だったのに !!少々不燃焼気味。ブーレーズのこれまでを追っていているから、ある程度の、こういったアプローチは予想できたが、これはちょっと…

 いろいろ考えた挙げ句、辿り着いたのがレコーディングスタッフ陣の音の作り方。なんか全体的に丸い音に感じてしまうのは、演奏のせいでもホールのせいでもない(まぁ、残響処理の如何によっては左右されるのだけれど)。でもコレは違う。なんか演奏自体から覇気が感じられないのです。指揮からもオケからも。これじゃー劇的な復活劇も半減だよーぐらいの。頑張ってくれたのは声楽陣。だって、同じウィーンフィルでもメータやマゼール、ハイティンク、アバドの演奏からは、そんなモヤモヤとした気持ちにはならなかったんだから。ということで、これはオーケストラとプロデューサーの仕業。などと、意地悪な見方をしましょう。

 そういえば、ジョン・カルショウの『レコードはまっすぐに』の中で、「ウィーン・フィルは現代曲が嫌い」といった事が書かれていました。片やマーラーを追い出したウィーンフィル、片やボヘミアンとなったマーラーを受け入れた新世界アメリカのニューヨーク。これはニューヨークがバリバリ張り切る気持ちも分かります。ウィーンは消極的。そう自分の中でドラマを作って納得させています。ちなみに、ブーレーズは2007年に第8番をベルリン国立歌劇場管弦楽団とレコーディングを行い、一連のセッションを終了させましたが、そのちょっと前に、この第2番をベルリン国立歌劇場管弦楽団とライブレコーディングしたDVDがリリースされました。未聴ですが、そこには私が期待している演奏があるのかもしれません。

  特にこの曲が大好きな理由は、やはりエンディング付近の盛り上がりの合唱と、そのメロディにあります。特に神秘の合唱が始まる前の静まりかえる辺りは、今書いたブーレーズへのグチがアホらしく思える瞬間です。ここから先は、涙なくして耳を傾けられません。だまって聴け!と。 この曲の映像を初めて見たのは、小澤征爾とボストン交響楽団の日本公演。ソリストにはジェシー・ノーマンの人間とは思えぬ体格と低音パートに驚愕したことを覚えています。生での初体験はアバドとベルリン・フィルの来日コンサートです。

 カール・セーガンの『コスモス』では、第2話の「宇宙の音楽」の中で第5楽章が効果的に使われています。バーンスタイン盤なら8分40秒付近と10分45秒付近、ブーレーズ盤なら7分56秒付近と10分00秒付近のパート。ハロルド・ユーレー博士のしかめっつらと、プラズマ放電による実験シーンで効果的に使われています。それとは別にレニーの11分52秒付近かブーレーズの10分58秒付近のザクザクとした感じの弦の音が好きですねぇぇ。

 

その他の演奏



交響曲第3番二短調
 なんと演奏時間でギネスブックに登録されてしまった交響曲。確かにこの曲はマーラーの作品の中では最も長く、第一楽章だけで、ハイドンやモーツァルトの交響曲が1曲終わってしまうほどの長大さを誇っています。弟子のブルーノ・ワルターがマーラーの避暑地を訪れた際、「君はもうこの景色を見る必要はないのだよ。私が全て音楽に詰め込んだから」と言った説話が残る曲です。私がマーラーにのめり込んでいった1980年代、集めていたロンドン(デッカ)のカタログに『夏の朝の夢』という副題がつけられていました。現在ではそんなタイトルをつける習慣はありませんが、また、マーラーが初演の際に全て外してしまった曲の解説につけられたタイトルは、難解で長大なこの曲を理解する上で、私的には非常に役に立ちました

アルト;クリスタ・ルードヴィッヒ
ニューヨーク・コラール・アーティスツ
ブルックリン少年合唱団
ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recoeded on Oct 1987.

メゾ・ソプラノ;アンネ・ソフィー・フォン・オッター
ウィーン楽友協会合唱団
ウィーン少年合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Oct 2001.



交響曲第4番ト長調

ボーイ・ソプラノ;ヘルムート・ヴィテック
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recorded on 1987.

ソプラノ;ユリアーネ・バンゼ
ヴァイオリン・ソロ;ウィリアム・プロイシル
クリーブランド管弦楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Apr 1998.



交響曲第5番嬰ハ短調

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recorded on 1987.

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Mar 1996.



交響曲 第6番 イ短調
 作曲者の人生の中で、もっとも充実期に書かれた交響曲。そのため妻のアルマから怒られたとか。そういえばポール・マッカートニーも同様のことをして、当時の恋人に起こられたというエピソードがあります。この曲のオープニングの行進曲風な感じや、終楽章のハンマーなど、今までの交響曲と違い、打楽器などの活躍が目立ちます。マーラーの交響曲中、7番とともに人気のない曲。そうしたことからも、マニアの間ではマーラーの最高傑作という呼び声も。約80分。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recorded on 1988.
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Jun 1994.
 
マーラーの交響曲中、7番とともに人気のない曲、というか、私は声楽つきの交響曲ほど好きなので、特に5〜7番の純器楽交響曲群は、めだって聴くことがありません。しかし、終楽章に登場する「運命の打撃」の意味するところにより、「マーラーって凄い!」と今更ながらに手のひら変えて聞くようになってしまいました。

その他の演奏



交響曲第7番ホ短調『夜の歌』

ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recoeded on Oct 1985.

クリーブランド管弦楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Nov 1994.

 

交響曲第8番変ホ長調
 多くの方が、この交響曲に導くために1番から7番までを書いたといいます。確かに、この昂揚感や編成は、マーラーのどの交響曲をもしのぐ巨大な編成となりました。こうする必要があったためなのですが、うまく時代と合わさって空前絶後の名曲が生まれたというわけです。彼の感じた「宇宙の鳴り響く音」をまさに凡人である私も聞くことが出来るのです!ケプラーも喜ぶのではないかと思いますが、果たして…(笑)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recorded on 1975.
ベルリン国立歌劇場管弦楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Jun 2007.
 
バーンスタインの今回の全集シリーズは、レニーの死によって完成することはありませんでしたが、むりやり1975年の古い音源をくっつけて全集を完成させる強引な作戦を持ってきました(続く大地の歌も同様。ただし分売していません)。

その他の演奏

 

大地の歌
 私がマーラーを聴きはじめるきっかけとなったのは、交響曲第2番「復活」というタイトルに惹かれて。この「大地の歌」もしかり。ちょうどその頃はサントリーのコマーシャルにジュリーニの新録音が使われたことも手伝って、交響曲という名ばかりの歌曲集を聴きあさることになります(笑)。
テノール;ジェームズ・キング
バリトン;ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

指揮;レナード・バーンスタイン
Recoeded on Apr 1966.
テノール;ミヒャエル・シャーデ
メッゾ・ソプラノ;ヴィオレッタ・ウルマーナ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Oct 1999.
 
 バーンスタイン二度目の全集で、この大地の歌は、デッカでのセッション、ジョン・カルショウとのセッションを無理やりパッケージしてきました(イスラエル・フィルとのレコーディングはレーベル契約上CBSにある)。バーンスタインはアルトのパートをバリトンのフィッシャー・ディースカウに歌わせています。このパートを男声に歌わせているレコードには、サイモン・ラトル、エサ・ペッカ・サロネンがあります。

「大地の歌」のツボ


交響曲第9番ニ長調

アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recorded on 1985.

シカゴ交響楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ
Recoeded on Dec 1995.



歌曲集
 マーラーの歌曲集には以下の作品があります。年代順に並べると『若き日の歌』(1880)、『さすらう若者の歌』(1897)、『少年の不思議な魔法の角笛』(1899)、『リュッケルトの詩による5つの歌曲』(1091/02)『亡き子を偲ぶ歌』(1901/04)です。これらの歌曲のうち、交響曲に転用されたメロディがあり、それらを発見しながらマーラーの巨大な交響曲を聴くことも、楽しみ方のひとつなのです。

ソプラノ;ルチア・ポップ
テノール;アンドレアス・シュミット
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮;レナード・バーンスタイン
Recorded on 1987.


バリトン;トーマス・ハンプソン
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

指揮;レナード・バーンスタイン
Recorded on 1988.

バス・バリトン;トーマス・クヴァストホフ
メッゾ・ソプラノ;ヴィオレッタ・ウルマーナ
メッゾ・ソプラノ;アンネ・ソフィー・フォン・オッター
指揮;ピエール・ブーレーズ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Recoeded on Jun 2003.


バリトン;クリスティアン・ゲルハーヘル
メッゾ・ソプラノ;
マグダレーナ・コジェナー
指揮;ピエール・ブーレーズ
クリーブランド管弦楽団
Recoeded on Jun 2010.
 バーンスタインの歌曲集は2枚あります。アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の伴奏で、ルチア・ポップ(ソプラノ)とアンドレアス・シュミット(テノール)の2名を迎えて『子供の不思議な角笛』を、次いでトーマス・ハンプソン(バリトン)とは『さすらう若人の歌』『亡き子をしのぶ歌』『リュッケルトの詩による5つの歌曲』を3つの歌曲集をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とレコーディングしています。

 ブーレーズは順番こそ逆になりましたが2010年に追い付きました(笑)。最初はハンプソン盤とまったく同じ選曲を3人の歌手を起用しています。トーマス・クヴァストホフ(バス・バリトン)に『さすらう若人の歌』、大地の歌で起用したヴィオレッタ・ウルマーナ(メッゾ・ソプラノ)に『リュッケルトの詩による5つの歌曲』、そして交響曲第3番のソロでも共演しているアンネ・ソフィー・フォン・オッター(メッゾ・ソプラノ)に『亡き子をしのぶ歌』をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団でレコーディングしています。そして2010年に私のお気に入りコジェナー(メッゾ・ソプラノ)と『子供の不思議な角笛』を未完となった交響曲第10番とカップリングしてレコーディング。

 両者の聴きどころは、ブーレーズがハンプソン盤とまったく同じ選曲を、男声、女声の3人の歌手を起用していますから、雰囲気の違いが楽しめるということでしょう。かつてディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウが、ダニエル・バレンボイムのピアノ伴奏(EMI)でなかば全集をレコーディングする際、『亡き子をしのぶ歌』だけがリストから外されたことがありましたが、(レコードの時代だったから)中途半端な時間になるので省いた、などと説明していたことがありました。

 ちなみにバーンスタインは、クリスタ・ルードヴィッヒ&ヴァルター・ベリー、そしてディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウの3人を迎え、1968年にピアノ伴奏で歌曲集を録音をしています。そこには『こどもの不思議な角笛』を(交響曲第2番第4楽章の“原光”を含む)13曲、そして『若き日の歌』を11曲含む、他では聴くことの出来ないプログラムが組まれ、マーラーファンには必聴の作品集となっています。そしてバーンスタインの卓越したピアノ演奏も楽しむことが出来ます。



リリース順は以下のとおり
1.交響曲第9番/CA(Jun/1985)

2.交響曲第7番/NPO(Nov/Dec/1985)

3.交響曲第2番/NPO(Apr/1987)

4.交響曲第4番/CA(Jun/1987)

5.交響曲第5番/VPO(Sep/1987)

6.交響曲第1番/CA(Feb/1987)

7.交響曲第3番/NPO(Nov/1987)

8.交響曲第6番/VPO(Sep/1988)

9.交響曲第2番/VPO(Jun/2005)

10.交響曲第8番/BNR(Apr/2007)

1.交響曲第6番/VPO(May/1994)

2.交響曲第7番/CO(Nov/1994)

3.交響曲第5番/VPO(Mar/1996)

4.交響曲第9番/CSO(Dec/1995)

5.交響曲第1番/CSO(May/1998)

6.交響曲第4番/CO(Apr/1998)

7.大地の歌/VPO(Oct/1999)

8.交響曲第3番/VPO(Oct/2001)

9.交響曲第2番/VPO(Jun/2005)

10.交響曲第8番/SB(Apr/2007)



交響詩『葬送』

シカゴ交響楽団
指揮;ピエール・ブーレーズ

Recoeded on May 1999.
Produced by Karl-August Naegler.

 このアルバムは、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトストラはかく語りき』とのカップリングでリリースされ、一連のマーラーシリーズとは、やや外れた恰好になっています。しかし、2番も8番もやらないと語っていた中で、この版(これが後の交響曲第2番の第1楽章へと書き換えられています)を演奏してくれたので、のちにセッションを組んだ交響曲第2番への期待が膨らんだ一枚でした。ここでブーレーズはシカゴ響を指揮しての演奏していますが、のちに第2番に起用したのはウィーンフィルでした。聴き比べると、弦の鳴り方がまったくことなり、シカゴ響はゴツゴツとした近代彫刻を思わせる響きで、ブーレーズのイメージにはこちらの音がピッタリではないかと思いました。



バーンスタインとブーレーズ
 対照的な二人でも、マーラーに懸ける情熱は同じようなものなのでしょう。マーラーと同じユダヤの血が流れるバーンスタイン。バッハ、ベートーヴェン、ワーグナー、マーラー、ウェーベルン、シェーンベルグ、そしてブーレーズへと流れる音楽の源流の中にいるブーレーズ。)また、この二人はNPOの音楽監督を受け継ぐ形で接触をしています。

 1958年にバーンスタインを音楽監督に迎え入れましたが、1969年、ヨーロッパ征服を切望していたバーンスタインは、マーラーの没後記念日にポストを辞任、その後任としてブーレーズが音楽監督に迎えられました。この二人の接触はここから始まりました。ブーレーズの就任に際し、その手助けをしたのが、推薦者のジョージ・セルとオットー・クレンペラーという、当代きっての頑固者二人。クレンペラー曰く「抜群の指揮者であり、抜群のミュージシャンでもある、この世代の中では最適な人」だそうです。
 当時、「ブーレーズは百音のコードの中のただ一つの間違ったイントネーションも聞き分けられる耳を持っている」と尊敬され、バーンスタインの後任として指揮台に上がるや、くもの巣を払うかのように、NYPは濁りのない澄んだ音を出すようになりました。

 この二人の性格の違いを物語るエピソードを読むと、確かに性格の全く違った二人が浮かび上がってきます。ブーレーズ就任後、ニューヨークタイムズは面白い記事を掲載しています。
汗まみれで包容するバーンスタインの後に、誰にもキスしない、超然として距離をおく、禿げかかっているブーレーズを迎えることになった。『氷人指揮したり』」これはユージン・オニールの戯曲『氷人来る』もじって書かれました。

 官能主義で社交的、冗舌で激しく、大きな音で派手に鳴らし身体全体で指揮をするバーンスタイン。ブーレーズはそれを「ノスタルジア」と批判し、自身は禁欲的で厳格、寡黙で冷静、指先で指揮をする。「指揮棒を持つと凍りつくようなんです」。また、両者の相違点を見つけるにはスコアを見れば充分明らかで、バーンスタインはスコア一面に大きな文字で急いで書き込んだり消したりしていますが、ブーレーズは五線の間に小さな文字できちんと丁寧に書き込む、といった具合。

 ブーレーズは好んで「名曲を指揮するときに、何が重要かというと、汚れを落とすことだ」と語っていましたが、彼の演奏を聴くと、どれも見通しの良い、今まで聞こえなかった音までもがクリアにスピーカーから聞こえて(残念ながら実演の体験はありません)くるので、まさに蜘蛛の巣をはらった」ような演奏と言えるでしょう

 

参考書『巨匠神話』(ノーマン・ブレヒト著)
『レコードはまっすぐに』(
ジョン・カルショウ著
『名盤鑑定百科』(吉井亜彦)

マーラー全集を成し遂げた指揮者たち(2010年まで)
♪ベルナルト・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(1966〜1972)

♪ラファエル・クーベリック/バイエルン放送交響楽団(1967〜1971)

♪ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団(1970〜1983)

♪ヴァーツラフ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(1976-1982)
 90年代に二度目の全集録音を始めましたが、巨匠1995年に倒れ、かないませんでした。

♪クラウス・テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1977〜1986)

♪クラウディオ・アバド/シカゴ交響楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー(1976-1994)。ルツェルンとの全集はアバド逝去のため実現ならず

♪ロリン・マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1982-1989)
 マゼールだから出来た(完成)と言わざるを得ないウィーン・フィルによる全集。

♪エリアフ・インバル/フランクフルト放送交響楽団(1985-1992)
 2010年現在、東京都交響楽団と二度目の全集をレコーディング中

♪ガリー・ベルティーニ/ケルン放送交響楽団(1984-1991)

♪サイモン・ラトル/ボーンマス交響楽団、バーミンガム交響楽団(1980-2004)

♪リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ベルリン放送交響楽団(1986-2004)

♪ジュゼッペ・シノポリ/フィルハーモニー管弦楽団(1985-1994)

♪ミヒャエル・ギーレン/南西ドイツ放送交響楽団(1988-2003)

♪若杉弘/東京都交響楽団(1988-1991)

♪エフゲニー・スヴェトラーノフ/ロシア国立管弦楽団(1990-1996)

♪ロリン・マゼール/ニューヨークフィルハーモニー管弦楽団(2003-2009)
 二度目の全集は音楽監督を務めたNYPとのライヴレコーディング。
 作曲者が音楽監督を務めた二つのポストを指揮したことになります

♪マイケル・ティルトン・トーマス/サンフランシスコ交響楽団(2003-2009)

♪デイヴィッド・ジンマン&チューリヒ・トーンハレ管(2005-2014)

 私にはマーラーの交響曲を全曲、生で体験したいという夢があります。今のところシノポリが東京芸術劇場のこけら落としで行った全曲演奏会の中の交響曲第8番と、アバドがサントリーホールで行った第2番。なかなか実演では取り上げられない大物ばかり(笑)。どちらも音の洪水に圧倒されました。

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