星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

 人を愛すると、こんなにも穏やかな気持ちを音楽で表現する事が出来るものなのかと思う曲集で、結果的に実らなかったにせよ(本人としては不本意でしょうが)、この『糸杉』を知る事が出来、また聴くことができるということは、音楽ファンとしては無情な喜びを感じます。ただ、作曲者が生前出版することなく破棄していることからも、なかなか演奏される機会もなく、埋もれてしまった秘曲のままというには、あまりにももったいない名曲だと思います。

 私はひょんなことから(図書館のライブラリーで)見つけた、ウィーン弦楽四重奏団の『アダージョ』(カメラータ東京)というコンピレーションアルバムの中に収録されていたのを聴いたことがきっかけとなりました。また、タイトルがギリシア神話にも馴染みのある植物名を冠していたこともあり、興味を引くこととなりました。しかし、なかなか全曲演奏や、オリジナルの歌曲をまとまった形で見つけることができません。あちこち探し回った結果、なんと『糸杉』の歌曲と弦楽四重奏曲がカップリングされている一枚を見つけることができました。それがThe Delme String Quatetのアルバムです。ここではオリジナルの歌曲を(ドヴォルザークを意識して?)若きティモシー・ロビンソンがガラハム・ジョンソンのピアノ伴奏で切々と歌いあげています。


 その後も別の図書館で、ウィーン弦楽四重奏団が全曲演奏しているアルバム(25CM-350。すでに廃盤ですが、2005年に「CMCD-15054」として廉価版で再発されました)を借りることができました。私が購入したアルバムと、ウィーン弦楽四重奏団のアルバムでは曲順に違いがあり、疑問を残しつつも、この愛すべき曲集の異演に出会え嬉しく思っています。
 この曲集、編成こそ通常の弦楽四重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1)とはいえ、全12楽章、その全てがアダージョやレントといった穏やかな調べで、それはまるで天国的な安らぎに満ちています。フィールドのノクターン集にも共通した穏やかさ。私は「星を眺める際に聴く音楽」を探していますが、このドヴォルザークの弦楽四重奏曲集は、フィールドのノクターンと共に星空のお供となってくれることでしょう。


弦楽四重奏のための『糸杉』

第1曲;あなたによせる私の愛は
第2曲;死は多くの人々の胸に
第3曲;優しい瞳が私に注がれるとき
第4曲;その愛は私たちを幸せに導くことはないだろう
第5曲;本に挟んだ古い手紙
第6曲;おお、私の輝く薔薇よ
第7曲;私はあの家の周りを忍び歩く
第8曲;私は深い森の中の空き地に立ち
第9曲;おお、ただ一人のいとしい人
第10曲;そこに古い岩があった
第11曲;自然はまどろみと夢の中に
第12曲;おまえは、なぜ私の歌はそんなに激しいのかと尋ねる


 オリジナルは18曲からなる歌曲で、テノールによって歌われます。ギリシア神話ではこの「糸杉(サイプレス)」の語源としてキュパリッソス(Cyparissus)の神話があります。ケオス島出身でテレポスの息子キュパリッソスはアポロンに愛されていましたが、ある時、自分の過ちから死を願いました。しかしアポロンがそれを聞き入れず、聞き入れてもらえないのならいつまでも悲しみの涙を流し続けたいと願うと、アポロンは仕方なく糸杉に変えてしまった。というものです。

Timothy Robinson ; Tenor
Graham Johnson ; Piano
SOMMCD 236
2004


歌曲集『糸杉』

第1曲;わが歌よ響け
第2曲; おまえのやさしい眼差しに魅せられて
第3曲; 死は多くの人の心をとらえる
第4曲; おお、ただ一人のいとしい人よ
第5曲; おお、それは何とすばらしい夢だったことか
第6曲;私は甘いあこがれにひたることを知っている
第7曲; おお、美しい金のばらよ
第8曲; おお、私たちの愛は幸せではない
第9曲; あの人の家のあたりをさまよい
第10曲; 疑いがしばしば私を苦しめる
第11曲; 私の心は悲しみに沈む
第12曲; 私はいとしいお前の手紙に見入って
第13曲; 山の中ですべては静まり
第14曲; せせらぎに沿った森で
第15曲;私の心を暗い不安がおそう
第16曲; そこに古い岩がたっている
第17曲; この地にさわやかな西風が吹き
第18曲; 私の歌がなぜ激しいのか、お前はたずねる


 カタログを探すと、さすがはNAXOSはやってくれるな、という感じで、かなり早い時期からレコーディングを行ってくれていました。秘曲のカップリングも、あまり取り上げられることのない遺作やガヴォットなど。

Vlach Quartet Prague
Josef Vlach; 1st violin
Václav Snítil; 2nd violin
Jiří Hanzl; viola
Viktor Moučka; violoncello
NAXOS:8.553375
1996




 2010年にカメラータからリリースされた第二弾(笑)。カップリングは今回も声楽版ではなく、弦楽四重奏曲。今回は作品番号106の第13番ト長調

The Panocha Quartet
Ji?i´ Panocha; 1st violin
Pavel Zejfart; 2nd violin
Miroslav Sehnoutka; viola
Jaroslav Kulhan; violoncello
カメラータ東京:CMCD-28206
2010




 歌曲集をテノールとバリトンが、原曲通りチェコ語でのレコーディング。これは世界初録音とのこと。また弦楽四重奏版はドヴォルザークが編曲しなかった曲を、ハンス=ペーター・ドットが編曲し、歌曲と同じく18曲で演奏されます。「糸杉」ファンにはたまらない企画です。

Disc1:
Marcus Ullmann; Tenor
Martin Bruns; Bariton
Andreas Frese; Piano
Disc2:
Bennewitz Quartet
Hanssler 98641
2012




 先のパノハと同じ選曲。今回は作品番号106の第13番ト長調。ただし、楽団の名前が、そのまんま「サイプレス」だなんて、この曲への並々ならぬ愛情を感じます。

Cypress String Quartet
Cecily Ward; 1st violin
Tom Stone; 2nd violin
Ethan Filner; viola
Jennifer Kloetzel; violoncello
Avie:AV2275
2013




 秘曲だけに、なかなかオリジナルの声楽版の新しいレコーディングの機会はありませんが、久しぶりに新しい録音です。糸杉の他、夕べの歌 Op.31、ジプシーの歌 Op.55をカップリングしています。

Pavol Breslik; Tenor
Robert Pechanec; Piano
Supraphon SU4215
2016

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