星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

布良

 布良という名前は星好きにとって「布良星」の名前で知られている。りゅうこつ座の1等星カノープスの和名のひとつだ。この星を布良星と呼ぶのは、内房の漁村、木更津付近から遠く神奈川、伊豆にまで及ぶ内房海岸沿いで、反対の外房方面は入定星、上総の和尚星とまった別名になっているというのも面白い。野尻抱影氏の「星名辞典」で、そのことが詳細に記されていて、多くの著作の引用元になっている。しかし、そのほとんどの人は現地を訪れていないようだ。

 百聞は一見にしかず。一度はその布良星を、由来もとになっている場所から拝んでみたいと思って入るものの、なかなかチャンスに恵まれない。チャンスというのはカノープスが見える冬の特定の時期と、地平線(水平線)まで見渡せる晴天であることが重ならなければならないからだ。ただ星が見える冬の夜であれば良い訳ではないのが、いっそう問題を難しくしている。

 今回は、その布良という場所がどんなところかと思い立ってやって来た。自宅からおよそ100キロ離れた房総半島の先端である館山であるにもかかわらず、時間も距離も気晴らしのドライブ日和と考えて行けば、布良星を見るよりもずっと楽で簡単だ。
 当初、もっと木更津寄りにあって、その方角だから東京湾観音とか、そういった有名どころに近いのだろう、などと勝手なことを考えていた。しかしである。地図で探しても見当たらず、インターネットで検索を掛けてみると、なんと緯度34°55′N、経度139°50′E。なんと目的地は房総半島は館山の最先端だった。

 と、驚いてみたところで、時間に追われ急いでいるわけでもないから、京葉工業地帯を右手に見て国道16号線を南下する。
 ここへは、つい先日も『星のふるさと』の情景を求めてやって来た関東でも有数の工場地帯だ。袖ヶ浦から姉ケ崎に至る間、フレアスタッグを含む煙突群が北風に吹かれて真っ白な煙を容赦なく吐き出している。フロントガラスには、青々と高く澄み渡る空と、火力発電所の煙突を、対照的な赤と白のコントラストで鮮やかに浮き上がらせ異様な景観を映し出していく。
 以前この空の下に来た日は鉛色の空で、フレアスタッグの赤々と燃える姿が『星のふるさと』の一篇を思わせた。そのときは、どんよりとした空が視覚的にも空気を悪くしているようにさえ思えた。

 ようやく辿り着いた所は小さな漁村で、車を使わなくても、歩いてすぐに村はずれまで行けてしまいそうだった。国土建設省の作業員が昼休み中なのか、作業車の中で弁当を食べている。そんな様子からも、この辺りには食堂といったたぐいのお店はなさそうだった。
 なんの変哲の無い小さな漁村、それでもこの村の名を冠するぐらいだから、何かあるはずだと誰一人歩くことのない通りをブラブラ歩いていくと、漁港の外れに延縄漁の安房節発祥の地という石碑に辿り着いた。読めば、この布良こそが、日本でも有数の延縄漁のメッカであり、その水揚げ高のピークがある年が61トンもあったということが書かれている。

 もしもこの碑に辿り着かなければ、そんなことを知ることも無かっただろう。もっとも家に帰ってインターネットで調べれば、それぐらいのことはすぐに調べがつくだろうが、実際に布良に行って、当時と変わらない海の潮騒や鳶の声、海や空に囲まれて石碑を読むのとでは、全然意味が違ってくる。インターネットで調べて満足するぐらいなら、それこそ世界旅行だってあっという間だ。

 布良港を歩いてみても、あまり漁村の面影を感じさせることは無かったが、アジの開きを天日干しにする光景だけが漁村の雰囲気を生々しく伝えてくれているようだった。そんな一角を眺めていたら、路地から姿を現した野良猫が一枚カプッとくわえて悠々と持ち去った。みればきちんと並べられたアジの列が、下一列の数が微妙に少ない。ネコが姿を消した後、また元の一枚の写真を見ているかのように動くものが無くなってしまった。頭の上で鳶がくるりと輪を書いた。


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