4月13日「かんむり座」
 今年初めてヒメハルゼミの声を聞いた。毎年この虫の鳴くのを心待ちにしているわけではないが、ハルゼミが鳴き出すといよいよ初夏だなと思わせてくれるから、僕にとっての季節の変わり目を教えてくれる使者なのである。それと同時に今日の夜空にかんむり座のゲンマ(真珠または宝石)を見ることができた。ハルゼミよりも早くこの星を見たので、気分的にはすでに夏の訪れを感じていた。しかも僕がこの星を見るときに一番理想的な姿だったからなおさら嬉しかった。

 僕がこの星(星座)を見つけるときの理想的な星空というのは、雨上がりの空なのである。この日も昼間は雨がしとしと降っていたが、それも寒い雨ではなく春の雨といった感じの柔らかいだった。だからこんなに晴れ上がるとは思いもしなかったから、夜更け前に庭に出てみると雲がものすごい勢いで西から東に抜けていくのが見えて、ちょっとびっくりした。
 接近中の火星と春の夫婦星が作る“春の二等辺大三角形”が、雲の通過と共に呼吸をしているかのようにユラユラと明るさを変える。火星、スピカ、アルクトゥルスと順番に揺らめく姿を見ていたら、それ以外にもたくさんの星が出ていることに気づいて、雲の間を縫ってあれこれと辿っていくとかんむり座に行き着いた。そして街頭に照らされた灰色の雲がアルクトゥルスを一瞬消し去ったあとに現れた。アリアドネのために酒神ディオニュソスが贈った七つの宝石をしつらえた冠の星たち…。その姿を見た瞬間、ほんの一時だけ僕の心はギリシア神話の中を漂ったような気がした。

---星空夜話(1999)


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