星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

 『コスモス』ではロシアものが比較的多用されているように思います。なんとなくセーガン博士の意思を汲み取っているような気がしないでもないですが、ここで紹介する曲は現代音楽の先駆者と言われるイーゴル・ストラヴィンスキーのバレエ曲です。コスモスでは、いわゆる“三大バレエ”が3曲とも使用されています。簡単に紹介すると…


『火の鳥』1910年、パリ、オペラ座にて初演。大成功を収め、一夜明けたら「時の人」となる。

『ペトルーシュカ』1911年、パリ、シャトレー座にて初演。

『春の祭典』1913年、パリ、シャンゼリゼ劇場にて初演。有名なセンセーションが巻き起こる。

これがストラヴィンスキーの、いわゆる“三大バレエ”です(簡単すぎましたか…)

『火の鳥』よりフィナーレ

 最初に紹介するのは作曲家の出世曲となった『火の鳥』で、エピソード5【Blues for a Red Planet】に使用されました。これはヴァイキング着陸船が、火星の赤い大地を目指して打ち上げられ、見事着陸するシーン。この曲のエンディングとなる“フィナーレ”が感動的に使われています。(31m55s付近から)

 中には、「あのシーンに合わせて作曲されたのではないか」と思われた方がいても不思議ではないほど、着陸シーンの映像と曲想が見事にマッチしていましたが、どうもテレビ朝日版と現行DVD版に相違があるような気がします。テレ朝版では、このフィナーレ(ファンファーレ)部分がもっと長々と使われていたので、その時の感動が今もって忘れられないシーンとして脳裏に焼きついているのですが、今回のDVDではロケットが噴射しているシーンのみ。なんかちょっと物足りないですねぇ。その後に続くヴァイキングの一連の動きで、ファンファーレのメロディがフルートなどの室内楽的な部分で奏でられるところまで曲が戻されます。

 なお、このエピソードの最初の邦題は【赤い星の神秘】でしたが、DVDでの邦題は【赤い星のブルース】に訳されています。

 余談ですが、ロック・バンド、イエスのオープニング時に使用されているのが『火の鳥』のフィナーレです。

★ピエール・ブーレーズ指揮/火の鳥
 作曲家であり、指揮者であるブーレーズは、ストラヴィンスキーから直接教えを受けていただけあって、ストラヴィンスキーの難解な曲を、ポピュラーな曲にまで高めてしまった現代最高の指揮者の一人といえます。

 ブーレーズは1975年のニューヨーク・フィル1992年のシカゴ交響楽団の2回レコーディングしていますが、お勧めは1975年にレコーディングされた、まだまだ作曲家としてとんがっていた頃の演奏でしょうか。

 一方、1990年代に入ってからレコーディングされた演奏は、角が落ちて「すっかりマイルドになった」と、もっぱらの評判です。それは録音機材やホール、演奏者の違いなどにも出るかもしれませんが、やはり円熟味を増したブーレーズの心境の変化が大きいのかもしれません。

 この曲は1910年の初演以来「傑作」と誉れ高い作品ですが、渡米したストラヴィンスキーは印税(恐妻家で知られ、お金のことで奥様よりいろいろ指示されたという噂が…)の問題から改作を重ねることになりました。

 ここで紹介するブーレーズの演奏は、共に全曲演奏される原典版(1910年)のものですが、他にコストが掛からず演奏会形式(バレエ抜き)で演奏できるようにと、組曲版もあって(表向きはそうでも実際は上記の噂が先行している…)、
数回(1911、1919、1945)改作しています。



『ペトルーシュカ』よりペトルーシュカの部屋

 エピソード10【The Edge of Forever】で三大バレエの二作目、バレエ曲『ペトルーシュカ』が登場します。三大バレエでは、もっとも地味な存在。26m25s付近から流れますが、番組では次元の違う住人が出会う実験で使われています。

 テレ朝版で放送されたとき(1980年)、ここでは不思議の国のアリスのキャラクターが登場していましたが、DVD版は原書通り忠実に、四角や三角の切り抜きや、りんごを使って二次元国にセーガン博士がいたずらをしかけます。机の上に乗った小さな「部屋」にかけてなのか、“ペトルーシュカの部屋”のトランペットの旋律が博士のイタズラを歓迎しているようです。

とても楽しそう


『春の祭典』より序奏/春のきざし/大地の踊り

 そして、三大バレエの最後を飾った『春の祭典』は、のちのサントラにも収録されるだけあって、シリーズではもっとも派手な使われ方をしています。とはいえ、エピソード4【Heaven and Hell】でしか登場しませんが、こちらも番組のために作曲されたかのような曲調と、映像の融合は見事としか言いようがありません。

 ツングースの大爆発と呼ばれるエンケ彗星の接近(07m00s付近)では、不安定な音型をファゴットが奏でる序奏部分が、これから迫り来る恐怖と不安を煽るように流れ、落下(10m28s付近)シーンでは、壊滅的な破壊の使者が大地を焼き焦がすと、オーケストラも呼応して暴れ狂います。

 このシーンを見て、私はディズニーの【ファンタジア】(1940年制作)の影響、もしくはオマージュとして制作したのかなぁ、と思うことがあります。ファンタジアでは太古の地球が、原始(生命誕生)から描かれ、やがて恐竜の支配する世界へと進化してゆく過程を見事にアニメーションとして見せてくれました。そして巨大隕石の落下により、壊滅的なダメージを受けるという内容。このあたりのシーンは、まさにコスモスと重なり合っているからです。ファンタジアの凄いところは、音楽に合わせて映像が踊って(反応して)いることろでしょうか。

★ピエール・ブーレーズ指揮/春の祭典/ペトルーシュカ
 『火の鳥』は全曲版のため、三大バレエとのカップリングができるのは、この『春の祭典』と『ペトルーシュカ』となるようです。もっとも、最近では2枚組みとしてカップリングされることも珍しくはありませんが。

 ブーレーズの1969年にレコーディングされたこのアルバムは、当時のリスナーを驚愕させたそうです。今聞くと、現代のレコーディング技術の向上もあり、それほど驚かないのかもしれませんが(たとえばビートルズの『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』がカルチャーショックだったというレビューをあちこちで見かけますが、ビートルズ世代ではない人がそのアルバムを聴いて、「どこがそんなに凄いんだ?」と、思うのと一緒でしょうか?)当時としては難曲だった「春の祭典が」、複雑なリズム、楽器構成、不協和音と原始的なリズムの連続が、心地よい変拍子音楽として初めてレコードとして誕生したのです。

 このレコード以降、今度は「春の祭典」がオーケストラの試金石として試され、この曲を演奏できる指揮者、オーケストラが一流かそうでないか、と言われるまでになってしまったのです。
 今ではコンサートのレパートリーとして人気があり、こぞってオーケストラが取り上げるようになりましたが、その道を切り開いてくれたのが、このブーレーズの1969年に制作されたレコードだったわけです。ブーレーズも、それを意識してなのか、再びレコーディングをグラモフォンと結んでから1991年にクリーブランドを起用し、数段音質も良くなりました。

 私はロンドン交響楽団とテレビレコーディングした演奏を目にしたことがありますが、この曲を振る指揮者の感覚は、どこか一本(どころか数本?)神経が切れているんじゃないか?と思えるような変拍子に次ぐ変拍子で、見ていて飽きることはありませんでした。ぜひ、手の動きに注目しながら聴いてもらいたい曲です。

 ブーレーズはストラヴィンスキーの、特に『春の祭典』のスペシャリストとして知られていますが、初めてこの曲に触れたのは、師匠のオリヴィエ・メシアンからの紹介だそうです。そして1963年に初めてコンサートで取り上げ、しかも『春の祭典』の初演地であるシャンゼリゼ劇場50周年記念の初演として。
 とても緊張したそうですが、そのうち、その緊張がいい方向に向かったこと、最初の一振りからエンディングが見えるようになったこと、そんなことをインタビューで語っています。

 そして「ささやかな体験」として、学生の頃にフランスにいたブーレーズが、遠く、ロスアンゼルスに移住していたストラヴィンスキー本人に会って、話が出来たことが大きな影響となっているようです。この曲を語る上では素通りして通れないアルバムとして君臨していることは間違いありません。



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