先の二冊と異なり今度は作曲家の西村朗氏との対談形式による一冊。これもまた面白い本です。これを手にするちょっと前に、西村氏とは、同じく作曲家の吉松隆氏との対談集がお初でしたが「ああ、あの人ね」という感じで、きっと面白い内容だろうと手にしたわけです。そしてそれは大正解でした。
『一枚のディスクに』と『巨匠たちの録音現場』で、何度か口にしていた「レコード芸術」という言葉。そして「自分のレーベルで出す以上、一度聴いたらもう二度と聴かないようなレコードを売ることはしない。つくる以上は、僕自身が何度でも聴きたいと思うものを作ろう(P203)」なんかは、制作側の強い心意気を感じます。とても惹かれる言葉でした。
他にも
「ライヴの演奏は、まずは安全でなきゃいけないから。破綻しちゃいけないんです。だけど、レコーディングは止まっても何をしてもいいから、ともかくできる可能性のある一番最高の演奏に挑戦する。たとえばプレスティッシモのスピードで弾きたいと思っても、本番ではそれはできない。コンサートはたった一回の演奏を必ず成功させなきゃいけないから、安全運転になるのはあたりまえなわけ。レコーディングではそれはまったく意味がない。五回やって一回でも成功すればそれでいい(P239)」とか、
「1960年代にあれだけ盛んにクラシックの音楽、それも現代音楽まで制作していた大会社が、今や、ネット系の会社に買収されるといった噂が出るくらいですからね。結局のところ、こういう混迷の時代になると、これまでにしっかりとしたポリシーを捉えてモノを作ってきたかどうかが問われるのでしょう。60年代はそれでもまだレコード会社にポリシーはあったかもしれない。でも1970年代に入ってからは現場が事なかれ主義になって、何かヒットさえ出れば今年はこれで食えるという風潮でやってきたわけです」など。
後者の言葉は、まさか、こういった言葉が制作側から出るとは思っていませんでした(だから大会社を辞めてまでカメラータを立ち上げたんでしょうけど)。これは、イーグルスが「ホテル・カリフォルニア」で歌った70年代アーティストたちをうたった内容と同じです。「レコード会社の言われるままにポップなヒット曲を作る連中には精神、歌詞ではダブル・ミーニングとして「当店(つまりホテル・カリフォルニアには)スピリットという名のワインは置いてありません」とバーテンダーが辛辣に言う下り。
私が井阪氏の制作するアルバムが好きなのは、作り手の理由がわかるからです。あえて名曲を外す理由なんかにも惹かれます(草津音楽祭に関しても)。カメラータ・トウキョウは、これからもマイナーな曲を世に送り出してくれるであろうレーベルとして、躍進するのではないでしょうか。それにはリスナーの姿勢が重要なんですけどね。 |