なんといってもこのアルバムでもっとも白眉なのはオープニングを飾る“Visiting”で、Shadowfaxのリリコン奏者Chuck Greenbergの音色が美しく鳴り響き幕が上がります。フレットレス・ベースのMichael Manringのサポートも頼もしく、叙情的な楽曲の多かったレーベルに新風を吹き込んでくれているようです。この1曲だけでもレーベルを代表する楽曲といっても差し支えないのではないか、と思えるほど楽器の調和や音色、視覚に至るまで「これぞウィンダム・ヒル」と言えると思います。このコーナーでこれほど音色豊かなアンサンブルを紹介するのは初めてです。例外としてBilly Oskay & Micheal O Domhnailの【NIGHTNOISE】がありますが、こちらは完全なデュオによるアンサンブルでした。
01. Visiting
1985年の白樺湖畔でのライブでこの曲は演奏されました。テレビでも放送されましたが、この曲を聴くたびにその時の情景や、周辺を映し出した自然の風景が脳裏に浮かびます。僕のウィンダム・ヒル・コンサートの野外体験は箱根彫刻の森美術館でしかありませんが、奏でられる楽器の全てが自然(空気)の中に溶け込んでゆくような錯覚に陥ったのを憶えています。先にも書きましたが、この曲はレーベルを代表する1曲といえるでしょう。
02. Garden
前衛的な演奏で知られるクロノスカルテットをバックに、メロディアスなフィンガリングが印象的な曲。その四重奏のパートはプロデューサーのドーン・アトキンソンが書いています。アルバム全体、しっとりと聴かせる曲が占める中、エンディングは非常に牧歌的です。
03. Three Observations of One Ocean
Joan Jeanrenaud ; Cello
この二人の共演は、同じ年にレコーディングされた【A WINTER'S SOLSTICE】でも聴くことができます。ここでのチェロは歌うことなく弦を鳴らす程度で、よほど気にしていなければギターソロの曲として聴いてしまいそうです。
04. Pacific II
このアルバムの中では唯一のウィルの独演です。
05. Synopsis
この時期のアッカーマンにしてみると、初めてのエレクトロニクスとの共演となるのかもしれません。ギターは絶えず時計の秒針のような音階を貫き、リリコンが主旋律を歌います。
06. Ventana
むせび泣くヴァイオリン、感情をかき立てるようなフレットレス・ベース、そしてそれを煽るようなギター。どの楽器が主題を歌うというのではなく、それぞれが対等に主旋律を歌い絡み合う。このアルバムの中でも即興性の高い1曲で、ヘヴィな演奏が展開されます。
07. Threes
この共演も今では考えられないほど豪華な組み合わせです。ギターのMichael Hedges、フレットレスベースのMichael Manringによるトリオ演奏です。出だしは大人しかったMichael Hedgesのギターも曲が進むにつれてお得意のボディを叩く奏法を加えて行きますが、それ以上発展することなく曲は静かに終わります。
08. Synopsis II
レーベルの音楽性のユニーク性を表していると言われたデュオとのコラボレーションで、このアルバムでは唯一ピアノが登場します。ギター、オーボエ、ピアノというトリオのハーモニーは確かに新鮮かもしれません。特にRussel Walderの澄んだオーボエの音色は山間からわき出す泉のような新鮮な響きが感じられます。彼らのデビューアルバム『ELEMENTS』に収録されていても、何ら違和感を感じません。
09. Rain to River
Jamii Szmadzinski ; Violin
同じヴァイオリンでも先に登場したDarol AngerからJamii Szmadzinskiに交代しての演奏です。アッカーマンのフィンガリングも小刻みで、山に降った雨が木の葉の雫から始まって小川になり、やがて激しい流れとなる川の一生を描き出しているようです。
10.Night Slip
Michael Hedges ; Guitar
Russel Walder ; English Horn
オーボエからイングリッシュ・ホルンに持ち替えたRussel Walderと穏やかで牧歌的な曲。イングリッシュ・ホルンの伸びやかな音色に癒されるようです。そよ風にゆられていた木の葉が、イタズラな烈風に煽られているような、そんな情景が目に浮かびます。以前オリエントファイナンスのCMで使用されていました。ここでもMichael Hedgesの独特な奏法を聴くことができます。
このアルバムジャケットには、当初黄色い文字で【Visiting】と刻印されていましたが、CD化に際して白色の【PAST LIGHT】に変更されました。(上のジャケットはアナログ盤です)
私的な印象をざっと述べてみましたが、アッカーマンのアルバムはカラッとした天気というよりは、木枯らしの吹く季節の曇り空がよく似合いそうです。マイナー調な曲が多いからかもしれませんが、たまたまこのアルバムを聴く日が曇りがちだったからかもしれないし、2曲目のクロノスとの共演が印象的だったからかもしれません。また、どうしても、そうした風景に当てはめてしまいます。逆の言い方をすれば、曲想が風景と化していると言った方がわかりやすいかもしれません。
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