星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

一番星のなる木
 その木がいつからそこに立っていたのかは知らない。気がついたときは丘の上にぽつんと立っている姿だったから。今まではいろんな植物に囲まれて、その存在に気づかなかっただけなんだろうけど、ぼくにはある日突然丘の上に現れたようにみえた。
 かわいそうに、今までは気の合う仲間と一緒に風に吹かれ、雨に打たれていたのに、ただひとり取り残されてしまったんだから。

 ぼくはこの木の存在が気になりだして、たびたび会いに行くようになった。夕暮れの中にシルエットの姿を見ると、いかにもひとりぼっちという風にみえる。それでも自然の回復力は早く、日毎足下に草が生えだしはじめ、一ヶ月もしないうちにぼくの腰のほどにまで成長した草原が広がるようになっていた。

 しばらくすると、この木はぼくに素晴らしいプレゼントをしてくれるようになっていた。はじめのうちは気がつかなかったけど、この木には“一番星”が実りだしていたのだ。それ以来ぼくはこの木のことを『一番星のなる木』と呼ぶようになったいた。

 ぼくは特に一番星をつけてくれているときの姿が好きだった。一番星は“宵の明星”金星のことで、西の空に姿を現すにはある時期にならないと見ることができないから、この木がいつも一番星をつけてくれているとは限らない。
 今、その一番星は“明けの明星”として東の空に回ってしまっているから、しばらくの間は、この木に一番星がなることはないのである。

 しかし、ある日突然この木が消えてしまった。ぼくは毎日毎日出勤のたびにこの木の前を自転車で走り抜けながら挨拶を送っていたのに、丘の上に彼の姿を見つけられなかったときは、自分の目を疑ってしまった。悪い夢でも見ているんじゃないか?そんな感じだった。
 ある日突然現れた木は、同じようにある日突然消えてしまうのだろうか?状況がつかめるまでに、そんな風に考えるのがやっとだった。昨日まで立っていたあの姿が、なんだかものすごい昔のように思えて仕方がなかった。

 もともとこの場所は、いずれ住宅地になるんだろうとは思っていたけど、周辺がきれいに均されたあとも、丘の上に残されていたから、この場所に住む人たちの“いこいのオアシス”みたいな存在として残すんだろうと思っていた。それがなんの前触れもなく消えてしまった。なんのために、たった一本だけ残しておいたんだろう。もうこの場所で、あの姿を見ることはないのだろうか? 一番星のなる木は いなくなってしまった。
 




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