風がどうっとなった。それを合図にして僕らは、ほかの登山客とはずいぶん遅れて小屋を出た。昨日辺りに雪を降らせたのは、ラジオで前線が通過したためだと教えられたけど、その吹雪も僕らが出発する頃にはすでに止んでいて、目の前の山容さえはっきりと見えるほど視界は良好だ。小屋はナナカマドの木に囲まれているので、バックの雪の上に浮き出るように赤い実が鮮やかに見える。僕はしばし目を奪われてしまった。それから歩いている途中、何度もすぎてゆく白樺の木肌が、昨夜の吹雪にさらされてしまったのか、若木のように艶っぽく見えた。
登り初めて1時間ほどの所で、夏沢峠を境に昨日通過した前線の足跡を見ることができた。西側の斜面は真っ白な樹氷におおわれ、反対に東側の斜面はまだ晩秋の眺めが色濃く残っていたのである。しかも僕らが立っている峠の稜線を境にして右と左に。自然の悪戯とはいえ、こうもはっきりと境をつけるなんて、どうにも不思議としか言いようがない光景だった。そして僕らが登ってきた登山道を見おろすと、後から登ってくる人たちが、森の中に小さな点となって見ることができた(ウエアーは、何かあったら目立つようにと、ハデな色でできているから山の色とのコントラストがはっきりわかる)。山の中に身を置くとき、人間の小ささを実感できる瞬間だ。
ようやく山頂に着くと、僕らは避難小屋に入り込み、しばし体を休めた。阿部さんがコーヒーを湧かしてくれ、冷え切ったからだがわずかに暖まった。しかし、体が暖まったのは、このコーヒーのせいだけではない。先陣たちが残してくれた計り知れない思いやりが、この小屋に温もりとして残っているからだ。
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