山寺(立石寺)

 七夕の晩、めったにその姿を見せたことのない織女星と牽牛星が見えていたから、きっと明日はいい天気になるだろうと期待していたら、今朝はその期待以上の青空が広がってくれていた。僕らの泊まった“山寺ペンション”の目前に迫る山の頂も、今日の青空には届かないようだ。僕たちは山寺に登る人が少ない午前中に“奥の院”を目指して人気の少ない町中を歩くことにした。人通りのまったくない町並の雰囲気は何かひんやりとした感じがして、静かな初夏の早朝が味わえた。
 下から見上げた山寺の姿は、山全体が境内というだけあって、両手を広げてもその中に収まりきらないほどの広さがあり、僕たちの心を寛大にしてくれているようだった。しかもこの景観は松尾芭蕉が訪れた300年前と少しも変わらずに杉木立と共存しているのである。
 1015段の石段を、途中で名物の“力こんにゃく”をほおばりながら登っていくと、色とりどりのマッチ箱をちりばめたような山寺の町並みを一望できる五大堂へと辿り着いた。
 僕らはしばらくこの五大堂に腰を下ろして、遠くに連なる奥羽山脈や、眼下に広がる町並みの景色を眺めながら、静かに風の渡っていく音を聞いていた。汗ばんだ身体にそよ風が心地よい。
 ここを訪れる人たちは、芭蕉が詠んだ有名な句“閑かさや 岩にしみいる 蝉の声”に少しでも接してみようとやってくるのだろうが、僕にはこの寺が千年以上もの歳月を経て存在し続けていることの方に、心に語りかけてくる風景の重みを感じる。
 「芭蕉が歌を詠んだ地だから…」という目的だけではなく、「この風景に芭蕉は何を感じてあの句を詠んだのか」ということを自分自身で感じ取らなければ、ただの観光で終わってしまう。もしも自分なりの風景を見つけることができれば、その旅が思い出深いものになるだろうし、手に取ってみることのできる写真とは違う風景写真として、いつまでも自分の心の中に残っていくと思う。
 今では蝉の鳴き声よりも観光客の喚声の方がうるさくて、芭蕉の句を味わうどころではなくなってきてしまっているから、余計にそう思うのかもしれない。それよりも、切り立った岩壁のあちこちにえぐられた無数の穴に、その昔、若い僧たちが悟りを切り開くために坐していたという足跡が、観光客の喚声をものともせず、静かに階段の両側から語りかけてくれていることに耳を傾けたい。