星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

気象通報

 夜の10時になると、僕は無意識のうちにNHK第2放送(693kHz)の“気象通報”にチューナーを合わせてしまう。高校生だった頃、部活の顧問から「星を見ることができないときは、せめて気象通報でも聞いて、天気図でも書けるようにしておけ」と言われていたこともあって、「簡単な気圧配置でいてくれよぉ」と願いつつダイヤルを合わせていたことを思い出す。
 しかし星が見れないときというのは、たいていは曇り空だから、前線だのなんだのと複雑な気圧配置の場合が多いのである。というのも、この天気図をつけるときというのは、夏休みとかのキャンプのときの恒例行事だったから、山の天気は夕方から荒れ出すのが常だったのだ。だからキャンプに行ったときは、一度として晴れた記憶がなく、テントやバンガローの中で、雷のゴロゴロいう雷鳴や、そのときに発生する電波ノイズを気にしつつ、聞き逃すまいと必死になって聞いていた。

 高校二年の時に天体観測をメインにして栃木県は矢板に行ったことがあった。そこでペルセウス座流星群の本格的な観測をしようと企てたものだ。しかし駅に着いたときから山の雨が僕らを出迎えてくれ、結局は星など見ることさえでずに下山することになる。
 二晩バンガローで寝泊まりをしたが、初日から雷雨に見舞われ、果ては共同炊事場に落雷があり老夫婦が死亡するに至った(帰りの電車の中で、前の座席に座っている人の新聞記事により知ることになる)。僕はそのときの稲妻を目の前にしたが、僕らのバンガローには雷の大好きな金属類、カメラに望遠鏡の方がびっしり詰まっているというありさまで、これはもう生きた心地がしなかった。それにもこりず、今じゃ「雷の写真が撮りたい」などと平気で言ってのけるからわからない。
 

 今ではそんな記入をしながら聞くこともないから、僕にとっては当時の懐かしい想い出にひたれる最高のB.G.M.になってくれる。そして「石垣島では、風力3、天気くもり、999ヘクトパスカル…」などと始まると、一時不思議な旅に出ることができるのである。今でこそ、この気圧の単位は“ヘクトパスカル”だが、当時はまだ“ミリバール”だ。
 天気が雨とか曇りだと、そこの場所がどこであろうと、僕が今まで歩いてきた所が、それこそ走馬燈に映る影絵のように現れては消えてゆく。それも見える景色というのは、雨であったり曇り空だ。僕が‘雨男’で行く先々が雨や曇りだから仕方がないかもしれないが、ラジオから届けられる各地の天気が悪ければ悪いほど、僕の記憶も鮮やかに甦ってくる。つまりラジオを聴きながら自分の部屋にいるときでさえ、その風景が存在しつづけているんだなぁと、確認することができるのが嬉しくてたまらないのだ。
 民宿の窓の外の雨に濡れる町のゆらゆらする灯や、葉に当たる雨の音。風が吹いて葉にたまっていた滴が地面に落ちる音。ぽつんと立った街灯に照らされたわずかな空間に降る雨の姿。水たまりに咲く無数の雨の花…。

 どこそこに行ったときに見た風景を思い出すんじゃなくて、地元の四街道や、ウチの庭や前を走る道路に立っている街灯の周りでも見ることのできる、ごく普通の光景を「遠く離れた僕が歩いたところでも起きているんだなぁ」って思い出してみる。遠いところのはずなのに、頭の中で考えているうちに、まるでそこにいるような、目を開けるとそこにいるんじゃないかという錯覚さえ起きる。
 それがラジオを聞いている時に、外が雨とか風が吹いて雨戸をガタガタならしている音が重なってくると、より一層はっきりしたものになってくる。そして電波ノイズがガリガリいおうものなら、目をつぶれば、あの頃のテントやバンガローにも行けるから楽しい。





※気圧単位ミリバール(mbar)は、1992年12月1日にヘクトパスカル(hPa)に切り替わりました。それにともないNHK第2放送(693kHz)でも、同日の気象通報から、それまで慣れ親しんで聴いてきたミリバールからヘクトパスカルに変更されています。

※2016年4月の放送から合成音声による読み上げに変更されました。


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