津軽半島
 以前から厳寒の日本海に行って「うわぁー、やっぱし来るんじゃなかった」という思いがしてみたくて、ずっとチャンスを伺っていた。3年ほど前、下北半島に足を向けたのも似たような理由からだった。本当ならその時に津軽半島に行っていなければいけなかったのに、下調べを怠ったばっかりに津軽と下北を勘違いしていたのである。

 僕をそこまでかき立てるのは『まんが日本昔ばなし』というおなじみの番組の中で紹介された話なのであるが、僕は時々この番組を見て旅先を決めるので、テレビをあまり見ることのない僕にとっては、珍しく欠かすことの出来ないお気に入りの番組である。

 あれから3年も経っていたとは、時間の進むスピードの早いこと早いこと。そんなわけで、東北をはじめ全国で10年ぶりの寒波が襲う中、これはすごいことになりそうだと期待に胸を弾ませて、津軽の更に先端の竜飛岬を目指した。

 寒い国には、やっぱり寒い時期に行かないと本当の良さは分からない。とは言うものの、実際に行くときになって「本当に行けるんだろうか?」という不安があった。スキー場があるわけでもないし、特にこの時期に人を呼べるような名所があるわけでもない。そんな所へいっても休む施設や店とか、民宿なんて営業してないんじゃないだろうか。地元の人たちも、雪を解かす暖かい春が来るまで家の中にこもっているんじゃないだろうか?まぁ、そういう所に行くことで、「うわぁ、来るんじゃなかった…」という思いが達成できるんだからと、自分に言い聞かせて出発した。

 3年前にも訪れた青森駅前に降り立ってみて、雰囲気とかは変わらないものの、どことなくこぢんまりとした印象を受けた。それに10年ぶりの寒波と聞いていたのに、それほどの雪もなく少々がっかりした。しかしそれも市街地だけのことで、ローカル線を乗り継いで人里を離れると列車の車窓は一面真っ白になり、北国の寒くて厳しい冬の表情がいつまでも続くようになっていた。

 竜飛行きのバスが、路線バスだったから地元の人(特に学生が多かった)の数も多く、周囲の景色を気にしなければ普通のバス車内だ。青森駅から離れ、どんどん雪が深くなってくると思っていたのに(実際ローカル線に乗っている間はそうだった)、終点に近づくにつれて雪は少なくなってきた。そしてバスを降りた竜飛港には、まったくといっていいほど雪はなかった。竜飛に吹く風が雪を積もらせないのだろう。右から左、左から右へと絶えず吹き抜けていく風は、空中の雪を休ませてはやらない。そのせいで、さほど遠くない景色さえ白く霞んでいた。

 僕は人通りのない竜飛港に立ち、民家の間を縫うようにして敷かれた(まるで東京の下町に住む親戚の家に行くようだった。それと国道に面した玄関先でばったり人と顔を合わせると、なんだか恥ずかしかった)階段国道を登っていくと、眼下に竜飛港が一望できるようになり、強風によって削られた荒々しい景観と、灰色の空のもとで白い波がうごめく日本海が、想像通りの姿になって僕の目に映った。

 竜飛という名前は「竜が飛び立つときにわき起こる風が吹く所」というところからその名が付いたんだろうけど、崖の上に立ったときの印象は、「竜ですら吹き飛ばしてしまう風の吹く所」という感じだった。だから、ちょっとでも気を抜こうものなら、僕のような人間など簡単に吹き飛ばされていただろう。

 僕はコートの襟をしっかり押さえ、横殴りの吹雪に吹き飛ばされそうになりながらも「うわぁ〜来て良かった」とつぶやいていた。