あの日あの時
 車の免許を取得した翌年、かねてから藤田君と約束していた福島県吾妻小富士は浄土平へと星を見に行った。

 折りもおり、その年はちょうどハレー彗星が回帰した年だったので、チロ亡きあとの『星空への招待』が、数年ぶりに『ハレー彗星大歓送会』という形で復活することになっていた。当初はイベントの日程にあわせて出発するつもりでいたけど、大学の野球部が優勝してくれたおかげで授業が休講になり、いつ出発してもO.K.という藤田君と相談した結果、早めに出発することにした。

 ちょうどこの時期は梅雨入り前ということもあって、ふたりして天候のことを心配していたんだけど、そんなこと考えなければ良かったのに、みごとに不安が的中して東北自動車道の那須を過ぎたあたりからにわかに雲が多くなり、浄土平に着いた頃はとうとう全天を雲がおおってしまっていた。
 それでもこうしてはるばるやって来たんだからと、頭上の雲行きを気にしながらも、長いこと夢だった浄土平にテントを張ることにした。

 テントを張っての野宿は、どういうわけか時間の進み方が遅く、それだけ自然との関わりが肌を通して直接感じることができる。僕らが「今夜はもう寝てしまおう」と、諦めたのはまだ20時頃のことで、なれないテント生活とはいっても、長距離ドライヴの疲れも手伝って、案外早く眠りにつくことができた。

 早いうちから寝てしまったのと、自然の懐に抱かれているという緊張の中で、些細な物音で目がさめたのは、まだ0時ちょっと過ぎだった(はじめは時計も6時を指していたわりに「それにしちゃぁ外が暗いなぁ」と不思議に思って時計を良く見ると、なんのことはない、ただの0時30分だった…)。

 その音は僕らのテントの周囲を回る音と、テントの一辺一辺のカベを叩く音だった。僕らは浄土平の真ん中に堂々とテントを張っていたから、周りから見るとだだっ広い暗闇の中に、照明のともったテントがぼんやりと浮かび上がるような姿をしていたはずだと思う。つまり無防備な状態でテントがポツンと張ってあっただけだから、何者かに狙われやすいということ。僕らはゾッとして声も出せないまま、想像だけが先走りしてしまい、ほとんどパニック状態に陥り、何をしていいのかわからなかった。だから、ただグルグル回る音のするカベをボムッとたたき返すのがやっとだった。

 その一撃が効いたのかどうか、それ以後テントの外はしんと静まり返ってしまった。そうなってくると、今度は外の様子が気になってしまい、おそるおそる顔だけを出してみた(ジャンケンで負けた…)。
 僕が「あれぇ?」って、突拍子もない声を上げたのと、後ろで藤田君が「な、なんなんだよぉ」という声を上げたのと同時に、満天の星の輝きが僕の目の中に飛び込んできた。

 「うわぁー、すごい星!」たぶんそう叫んでいたんだと思う。僕らはいつのまにか星空に抱かれていたんだ。だからいつまでもテントの中で寝ている僕らを引っぱり出すために誰かが起こしてくれたに違いない。でも、いったい誰が…?


頭上では白鳥座が羽ばたいていた。