七井戸の池
 高校3年の時、日本史の先生から「日本で最大の竪穴式住居が見つかったというから、勉強のためにも見学しておいた方がいいよ」と言われて、当時同じクラスだった若林君と何度も行ったことがあった。
 その頃の生谷から羽鳥・亀崎にかけては、まだ田舎らしい風景があって、あちこちに雑木林が点在していた。遺跡はそんな中から見つかったのだ。
 僕はよく友だちと近所を自転車で走り回っては、意外な物や抜け道を見つけては楽しんでいた。こんな風だから遺跡が発見されると知るや、自転車で行ける範囲だったこともあって(通学路の途中だったこともあり)、学校帰りに何度も足を運んだわけだ。その何度目かで僕らは“七井戸の池”を発見した。
 自転車がやっと入れそうな小径の先に広がる雑木林を抜けて下りて行ったところに、その池は静かに広がっていた。周囲は雑木林に囲まれていたけど、空がその分大きかったから、空からは目立つんだろう、水面には水鳥が何羽も羽を休めていた。そしてときどき波立つ水面は、そこに住む魚の存在を教えてくれてくれているようだ。
 たぶんこの池の存在を知っているのは、このあたりに住む人以外いないのではないだろうか? というのも、周辺を走る道路からは雑木林に囲まれて見ることができないからだ。それに僕らのような物好き以外、誰が好んでこんな小径を下りて行きたいと思うだろうか?人間があまり近寄ることがないから、鳥たちも安心してこの池を選ぶに違いない。きっと、野生動物たちにとって楽園のような存在だったんじゃないだろうか。

 そんな池の姿も今はなくなってしまった。宅地開発で埋められ、雑木林もそっくり切り倒されてしまった。その様子は遠く離れた道路からも見られるほどに均されてしまっている。この池の存在を知らない人たちにとっては、立ち並ぶ新興住宅地が本来の姿であって、数年前までここに大きな池があったと言ってもピンとこないだろう。ほんの数年前まではアシが茂り、魚が泳ぎ、鳥たちがはるばる越冬しに来ていた姿を知っている人たちは、一抹の不安を覚えるのではないだろうか。逃げ場のない魚たちはどうしたんだろう? 去年あった池を求めて渡ってきた鳥たちはどこへ行くんだろう? 雑木林で暮らしていた動物たちは…。

 “日本で最大の…”と騒がれた文明の残り火も、調査が済んだ今は地が均され、舗装された道路が開通を待っている。あの頃、石毛君や藤田君たちと夜の遺跡に潜り込んで、焚き火の跡と言われた赤茶けた土をペタペタさわりながら、古代人も夜毎見上げたであろう星空を眺めては、時の流れについて語り合ったものだ。