「ここのはイタズラ者だからねぇ」突然のスコールでずぶぬれになって店に入り込んだ僕の姿を見て、食堂のおばちゃんは言った。
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オンネトーというアイヌ語のままの湖は、今でこそ北海道巡りの人気コースになって、それこそ大型の観光バスが何台も行き来できるようになってしまった。しかし僕がここを訪れた10年以上も昔、この地を訪れるためには、それなりの覚悟が要求された。それなりの覚悟というのはヒグマの出没する地帯に潜入するから、「もしも出会ってしまったら」ということだ。しかも案内表示板のない林道に逸れ、途中路肩が崩れた悪路を対向車とギリギリにすれ違い、肝を冷やしながら「本当にこの先に湖があるんだろうか」と、ヒグマの出現の恐怖と道に迷ったんじゃぁという不安を抱えながらハンドルを握りしめていたことを思い出す。一緒に同行した母などは助手席に座ってガイドブックを眺めながら「フンフ〜ン」などと鼻歌交じりでいい気なもんである。
北海道の中でも秘境のひとつとされるこの小さな湖は、湖面の色が空模様によっては何色にも変化するというのが売りだった。そして僕がもっとも興味をそそられたのは、夜になると鏡のように静まり返った湖面に星空がそっくり映し出される湖といううたい文句だった。僕が飛び込んだ食堂の壁にも、湖面に映し出される星空のことが大々的に宣伝してあった。
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