それでなくても飛行機はあまり好きじゃないのに、ハワイまでのおよそ7時間近い飛行に耐えられるだろうかという不安は、出発直前になって僕が座っている側の目の前に見えている第一エンジンのトラブルとかで(僕の心臓が)爆発寸前になりそうだった。
暗闇の窓の外で作業員がチラチラと見え隠れする中、いつの間にか飛行機が滑走路に向かいだした。「うわぁ〜このまま行っちゃうよぉ〜」と一人騒ぐのは僕ぐらいなもので、周囲の人たちは無視するようにおのおのの視線に注意をこらしていた。 |
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| 飛行機に乗り込んだら寝てしまおうと思っていたのに、離陸してまもなく弧を描く九十九里の沿岸に沿った夜景を離れ、雲の上空に出ると目の前には満月前の明るい月がどこからともなく飛行機について来るのが見えた。すぐ近くにはさそり座のアンタレスも見えている。このふたつの見慣れた星たちを見ると、気流に機体がガタガタと揺れるまでは懐かしい気持ちでずっと彼らを追っていたので、時間を忘れて見入ってしまった。 |
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雲間から海が覗くと、雲母のようなさざ波にきらめく月の反射が遙かな大洋いっぱいに広がって見える。その光景は『月光浴』という写真集で目にした神秘的な光景だった。
そしてしばらく(といっても何時間も飽きもせずに見ていた)すると僕の頭の中に音楽が耳に聞こえてきたのである。最初は何の曲がこの光景に合うだろうかと思いながら、ちょっと流れてはピッタリ合うまで次から次へと曲目を変えて楽しんでみた。ドビュッシーの“月の光”、フィールドの“ノクターン”、ナイトノイズのアイリッシュ・トラッド…。どれもこれも雰囲気にはピッタリだったけど今ひとつだった。 |
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| 僕は目を閉じて窓の外に広がっている雲海に移る月の姿や、きらめく青白い波などを頭の中で思い浮かべていた。するとはっきりと聞こえてきた音楽があった。それは中学生の頃、姉から譲り受けたFMラジオから流れてきた深夜番組の『ジェットストリーム』のナレーションとそのテーマ曲の旋律だ(ミスター・ロンリー)。 |
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あの当時は飛行機に乗ったこともなく、ナレーションにもほとんど耳を傾けたことがなかったから、今でもあそこでは何を言っていたのか良く覚えていないが、僕なりにあの雰囲気から受けるイメージを想像しながらフトンの中で聞いていた番組だ(お目当ては番組で流れるロックだった)。そして今、窓の外に広がる景色を眺めていたら、その番組を聞いている自分の昔の姿が浮かび上がってきたのである。
青白い雲海が広がる世界を眺めているうちに、もう戻ることのできない子供の頃の光景が思い出されるなんて思ってもみなかったことだけど、懐かしい気持ちと、これから新しい生活を始めるという気持ちに挟まれて見るこの神秘的な姿に、ちょっとだけ感傷的な気分になってしまった。 |
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マウナケアという名前はハワイに行った方ならよくご存じの山の名前なんだろうけど、最近は日本が世界に誇る大望遠鏡“すばる”を設置した山としての脚光を浴びるようになったので、星好きの人にとっても知名度が上がってきたようだ。
4200mという場所や各国の天文台が設置しているということもあり、一般者の立ち入りを禁止されているというウワサもあって、ここへは足を踏み入れることができないと思っていたのに、ハワイのガイドブックを見ると“太公望ハワイ”というところが「マウナケアの山頂で星空体験」というオプションツアーを企画しているのが目にとまった。
僕にとってのハワイといったら、ホノルルやワイキキといった日本人向けの観光地といった雰囲気で、(自分でもそう思うのだが)僕のイメージには合わない。でもこのオプションを目にしてからは僕のハワイに対する期待度も上がり、日本では体験することのできない標高での星空への思いは出発する前から高まるばかりだった。ただ一つだけ気になっていたのはツアーに参加する日が満月直後だということ。ということは、せっかくの好条件も月の光によって半減してしまうかもしれないという気がしたからだ。ただ地上のそれと違って、こんな標高で見る月の光は大気のチリなどに乱反射することなく見えるので、神秘的な蒼白い星空をバックに南天の星座たちが浮かんで見えることだろう。標高の高いところで見る月も、地上で見える輝きと違うのは山登りの好きな人だったら容易に想像できるのではないだろうか。 山頂へは四輪駆動を使って海抜0mから登ることができるが、急激な変化は身体に異常をきたしてしまい(高山病)、せっかくの観光もつまらないものになってしまう。そうならないための途中休憩だ。身体を慣らすために2800m地点でお弁当を食べた。
太陽はまだ山の稜線 の遙か上に見える。しかし宵の明星である金星が天頂近くにポチッとその姿を現した。見える人見えない人に分かれて「ほらほら」と、雲一つない青空の中を指さしてみても、まるで頼りがないのでなかなか見つけることができない人もいた。今まで見えていた人もちょっとでも目を離すと「ありゃ?どっかにいっちゃったよ」と、慌てて探し直す。さすがに透明度の高い宵空と乾燥した空気の下では太陽と金星が同じ視野の中で見ることができた。
山頂に着くと各国のドームが銀色に光り、その中でも円柱のドームをしたすばるだけがひときわ輝いて見えていた。ガイドのサニーさんは「キョウハココデサンセットヲナガメマショー」と、すばるの後方に太陽が沈むポジションに車を止めてくれた。気温は氷点下にはなってはいないものの、下界の30度近い世界からやってくると骨の髄まで寒さがしみるようで、男性陣3人を残し女性たちは全員車の中に引き込んでしまった。
日が沈むまでの間、同行された年輩の方が「電波望遠鏡は何を観測しているんですか」と聞くので、わかる範囲で説明を試みたが、地上の60パーセントしかない酸素と震えるような寒さの中では思うように口が回らず、心臓がバクバクしっぱなしだった。それでも日の入りの瞬間を迎えた真っ赤な世界の中に身を置いている瞬間は、地上では味わうことのできない別世界にいることを実感させてくれるので、そのときばかりは脈も心拍も平穏そのものだったようだ。 当初は山頂での天体観測だったが、みんながあまりにも寒がっているということで2800mの駐車場まで降りてきた。(実際は研究施設の周辺に一般人の立ち入りは禁止されているので、表向きはそういうことにしている)サニーさんはおもむろにミードの30センチの望遠鏡を取り出し、次から次へと天体を導入していってくれた。
僕は「ハイッ、ツギハコレッ」という合図がかかるまで、天頂近くこの地方で伝わるマウイ島をつり上げたという巨大な釣針(さそり座)につかまって、入道雲のようにわき上がる天の川に敷かれている銀河鉄道に乗り込んだ。そしてそれまでは写真でしか見たことのない海の下だった星たちを訪ね歩いていた。
僕は「ほらほらあそこに俺の好きな星座が見えてる」と、その方向を指さし「かんむり座だよ」と指で描いて見せると「ここだとすぐわかるよ」と返事があった。ここでは小さな星も大きな星も、その大きさは違うものの明るさが同じに見えるので、星座の形もはっきりとわかったし、以前「星がありすぎると星座の形がわからなくなるのでは?」ということを考えたことがあったけど、そういった状況下では同じ明るさでも大きさが違って見えたから、やはり星座を形作る星たちだけが目に付いた。
夜の帳 が彼方の水平線まで降りきると、いよいよマウナケアの隣りに鎮座しているマウナロアの上に架かるみなみじゅうじ座の姿が浮かび上がってきた。ただ僕はもっと小さな姿を想像していたので、あまりのあっけなさに感動する暇がなかったというのが正直なところだ。
しかしこの大きさは大気の厚みによるものなので、赤道を越え南半球に入って天頂で見る姿とはまたずいぶん印象が違って見えるのではないだろうか。今度はオーストラリアあたりの砂漠で見てみたいものだ。
初めて生で見る姿は何だってやっぱり嬉しい。それでも僕が感動したのは南十字の星たちではなかった。その東に輝くケンタウルス座のアルファとベータの星たちだ。アルファの方は“アルファ・ケンタウリ”という名でも知られているが、この星は太陽系にもっとも近い恒星で、その距離はおよそ4.3光年と言われている。
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こうしてはるばる飛行機に乗って日本から遠く離れた地までやってきたのに、太陽系にもっとも近い星を目の当たりにすると、僕のいるこの場所が、そんなに遠いところという気がしなかったし、アルファ・ケンタウリも近くに瞬いているように感じて嬉しかった。
そんな感慨に浸っているところへサニーさんの「ノゾイテクダサァイ」という声が掛かり、即されるままにファインダーを覗くと、おとめ座のソンブレロ星雲(M104)、ケンタウルス座のω星団(N.G.C.5139)、こと座のドーナツ星雲(M57)、みなみじゅうじ座の宝石箱(N.G.C.4755)、ヘルクレス座の球状星団(M13)の姿があった。特に見事だったのは視野いっぱいに広がって球状星団には見えなかったω星団だ。全天最大の球状星団だけあってスケールがまるで違う。「アメリカって、でっけぇ〜なぁ〜」というあれに似ているかもしれない。 |
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| 残念なことに宴たけなわといったところで入道雲のように見えた天の川がだんだんと薄れはじめ、雲海からは満月過ぎの大きな月が昇ってきてしまった。その雲海の中にハワイ島刑務所が見えるという説明を受けると、とたんに現実(下界)に降りてきてしまったような気がした。 |