星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

曲り家

 十年ぶりにやってきた遠野。というよりも僕にとっては遠野イコール曲り家になっている。そのことを主人に話すと「あるいはそうなのかもしれない…」そうつぶやいた。

 十年ひと昔というけど、変わることのない遠野というイメージを持ってきた僕にとって悲しい出来事を知らされた。みんながお母ちゃんと親しんできたおかみさんが昨年亡くなり、100年近く遠野を語り継いできた曲り家の屋根がかやぶき屋根から鉄の屋根に変わっていたことだ。人も自然も、時間の流れや自然の摂理には逆らうことができない…。そんな一面を突きつけられたような気がした。

 そのことを話してくれた主人にもどことなく語調に元気がなかった。庭でそんなことを話していると「三沢から飛んで来るんだ…」という戦闘機が、遠野という土地の時間も空間も無視してすさまじい爆音だけを残して上空を通過していく。











 
「これじゃ妖怪たちも出てこないじゃないか」姿を見せない戦闘機に向かって文句を言ってやろうと空を見上げても、何事もなかったかのように静寂だけが戻ってきたのに、その対比もどこか悲しげだった。

 今晩の宿泊は僕だけで、囲炉裏を挟んでご主人と自然の時間の流れに身を任せて遠野のこと、お互いのこと、これからのことなんかを薪の変わりに囲炉裏へとくべていく。 

 一人部屋に戻り当時のことを思い出しながら今の遠野と結びつけていた。すると遠野にいるすべての妖怪がこの曲り家を一斉に揺らし始めたのである。そう、笛吹峠でチラッと見かけた彼が仲間を集めてきてくれたのだ。昼間遠野を歩いて回っていたときに、僕のように遠野を観光している人に誰にも会わなかった。だから僕は「今日は僕一人だけか…」と思っていたら、暇を持て余している妖怪たちが僕一人だけのために歓迎の儀式をしてくれているんだ。

ガタガタ、ミシミシ…

 曲り家を組み立てているすべての材木に意識があって揺れているかのような揺れ方だ。それに追い打ちをかけるかのように妖怪たちが大きく揺らす。庭に集まっている彼らの息吹さえ伝わってくるような揺れ方に驚いてみたものの、どうすることもできずただフトンにしっかり掴まって彼らの歓迎がおさまるまでジッとしているほかなかった。




















【追記】
 2013年から『曲り家』さんは休業中。再開を願って止みません。



 『遠野路』は遠野の書店で購入したガイドブック。初版は1975年(昭和50年)
(著者の菊池幹さんは元遠野市商工観光課長)

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