星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)


狂騒曲“しし座流星群”

“33年ぶりに降る星の雨”

  そんな見出しに誘われて1999年11月18 日の未明は多くの方が、それこそ日本中が徹夜で星空を見上げていたのでは? と思えるぐらいの騒がしい夜に思えた。

 熱しやすく冷めやすい日本人らしいというのか、普段は「星は難しくって…」と口癖のように敬遠していた人たちでさえ、目覚ましをセットし星空を見上げて流れ星の数を数えというのには驚きだ。はたして流れ星を見つけるのに難しい知識が必要だったのだろうか?

 星や宇宙に関する知識や、流れ星が見えた見えなかったに関係なく、無心で“時間を忘れゆっくりと星空を眺めた”ということの方が意味のあることではないかと思う。何もかも忘れ、ひたすら流れ星の出現を待ちながら星空を眺めるという行為に、さまざまな感慨を感じた人も多かったに違いない。天界の音楽を奏でながらゆっくりと天球を踊っていく星座の姿が、薄明の中にかき消され夜の帳が引き上げられるまでの時間を過ごすなんて、ごく限られた人以外めったにいないはずだろうから、はじめて経験した人も多かっただろう。

 繰り返しやって来るあたり前の朝は、有史以来続く大いなる大自然の営みの一部分であり、それが体験できただけでも現代人にとっては意義のあることだったと思う。もしかしたらほんの一瞬でも「宇宙ってなんだろう」と考えた人がいたかもしれない。きっと知識よりもっと大事なものが呼び起こされたことだろう。そんな人がひとりでも多くいてくれたら、こんなに嬉しいことはない。

 「雨のように星が降るなんて言ってから期待していたのに、がっかりだった…」という声もチラホラあった。でもそれはマスコミからのみで、僕からしてみれば予報をはずした天文学者らに対する非難以外の何ものでもなかったように思う。マスコミが人々に与える影響は大きく、偏った報道を流すことで世の中が操作できる社会になってしまっている現在、「がっかりだった…」というメッセージだけを報道すれば「そんなもんなのかぁ」という人が多くなる。残念なことに自分の感じたことを恥ずかしく思って、マスコミから流れる多勢の意見に傾いてしまう人が多い世の中(日本人)になってしまっている。
 しかし今回のしし座流星群に目を向ける大きな役割を果たしたのもマスコミであり、どっちにしても日頃星などにまったく興味のなかった人々にまで夜空を見上げるきっかけを作ってくれたのだから感謝すべきとは思うが…。

 驚いたのは買い物に出かけたときに、道行く人々が「明るいの見たぁ」とか「10個ぐらいだったよ」とか「えぇ~っ?見なかったの~ォ」とかいう、(おそらく)流星群のことに関する会話に溢れ、しかも数個の流れ星で満足している人の多いこと。そういった方たちはとても幸せな人たちだなと思う。自分で見て感じたことを素直に喜ぶことができているからだ。

 それから多くの方々が(特に都心に近ければ近いほど)「こんなに夜空って明るかったかなぁ」と、何か違った思いがよぎったかもしれない。百武 彗星、ヘール・ボップ彗星が続けて話題になり、この“しし座流星群”が今世紀最後の天文ショーという見出しを掲げるマスコミもあったが、星が人々の生活から離れてからまだ100 年ほども経っていない現在、何にせよ久しぶりに星空を見上げた人類は、はるかな先祖から受け継いだ大いなる遺産が失われつつあることを、これらの天文ショーからメッセージとして受け取ったのではないだろうか?

 一日 経った今日は何事もなかったように、静かな夜と静かな町が戻ってきた。なんだか昨夜がずいぶん昔のことのようにさえ思えるほどだ。それに昨日は夕方から僕が担当した小学校で 2 ~300 人を相手に観察会をしてから、総勢 20 名を引き連れて養老渓谷は女ヶ倉まで行って来たところなので、耳にも目にも喧騒とした光景がまだ脳裏に焼き付いていた。でも今日は一級の寒気団がシベリアから降りてきているということもあって、昨夜とはうって変わってしんと静まり返っている。これがいつもの夜。昨日は星空までもが騒々しく落ち着きの無いようにさえ思えたほどだった。

 一晩中つきあった人たちの大半が眠りについている今、世間を騒がせた星空は今日も変わらぬ表情で星を瞬かせている。昨日の喧騒とした夜を考えると今日のような普段通りの表情、肩の力を抜いた星座たちの姿を見ると僕の方までホッとしたくなる。というよりも、今日の方がずっと表情が豊かな気がするし、久しぶりに向こうからこちらに語りかけてくれているような気がした。

「昨日は知らない人が多くて緊張しちゃってさぁ~」

  なんて声があちこちから聞こえてきそうなほどで、なんだか役者たちが本番の舞台を無事に終え、控え室の中にくつろいでいるように今日の星空はリラックスした雰囲気が漂っていた。

 今日は昨日のツアーに参加した涌島さん夫婦と湯上さんを引き連れて、再び“しし座流星群”を見に来ている。世間では 18 日未明だけのように報道していたが、実は流星群はほぼ一週間ほど活動しているので、その前後でもかなりの流れ星が見られるからだ。でも観察場所に選んだのは女ヶ倉ではなく近場の羽鳥の田圃の中。

 涌島さんに二日続けて徹夜というのは、あまりにも○○にムチ打つことになるので、気の毒だったから「流れ星は流星群にかかわらず明け方の方が飛ぶ」ということを説明し、少し様子を見てから3 時半ごろにモーニングコールをかけることで参加してもらうことにしたのである。それまでは湯上さんとふたりで車の中に入ったり、出たりしながら昨夜とあまり変わることのない流れ星の姿を見入っていた。
 女ヶ倉のときと違うといえば冷え込みが比べものにならないくらい厳しく、まるでフリーザーの中にでも顔をつっこんでいるような冷気が夜露を霜に変えてしまっている。吐く息も真っ白だ。だから星空もキラキラとこの秋一番の表情を見せてくれたので、そんな寒さなどどうってことないとさえ思た。そんな中で星を見られるのが嬉しいと思えるのは星好きにだけ許された体質だろう。少なくとも僕にとっては…。
 ピークを過ぎた翌日でさえ、2時から時までの間に5~ 60個の流れ星を数えることができただろうか。でも僕はオリオンの誘惑に惹かれてよそ見ばかりしていたので、せいぜい 2~ 30個といったところ…。というのも相変わらず僕がしし座から東方面しか見ないものだから、南の空のオリオンや天狼星は雲をまとって僕の気を引いていたからである。僕は雲越しに見る星座たちの姿を見るのが好きなので、ついついそちらに見とれていると「あっ!来た!」(流れ星が飛ぶと人それぞれ発する言葉は違うが、湯上さんは「あっ!来た!」とふたこと。ぼくは「おおっ~」のみ)という湯上さんの声が背後から聞こえくる。「ちっ!また見逃したかっ!お前のせいだ」心の中でオリオンに聞こえるようにつぶやいても彼は知らん顔。






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