僕らがイギリス海岸に着いた頃は、曇り空のために夕暮れが早く感じ、ややもすると真っ暗になりそうな感じがした。小岩井農場を歩いていたときから、すでに星空は無理だと思っていたので、せめて夜景だけでもと考えていたが、今夜泊まる旅館からずいぶん離れているために(宿の方に迷惑がかると思い)断念せざるを得なかった。 翌日はレンタサイクルを借りて花巻市街にある、賢治や作品ゆかりの地を訪ねることにした。昨日、小岩井農場の帰りに立ち寄った食堂で「(宮澤賢治)先生だけを目的に来てくれる人はあまりいませんねぇ」などと言われたから、市街地を走っているのは僕たちぐらいなんだろうと思っていたのに、僕らの同類はことのほか多く、同じようにレンタサイクルのゼッケンを着けた自転車とすれ違ったり出会ったりすると、恥ずかしいような嬉しいような気分になった。 賢治の足跡もまた他の作家たちと同じように、残されたものの多くは石碑などであり、作品の舞台となった場所には記念碑が立てられている。そして市を揚げての賢治に対する思いは強いらしく、公園や歩道や駅などに賢治の作品に登場するキャラクターたちが、これでもかと多く見られたのには驚かされた。 賢治を知るには、新花巻駅の近くにある“宮澤賢治記念館”に寄れば、その概要だけでも簡単に知ることができると思う。でも、どんな旅でもそうだけど、記念館や博物館だけ見て帰ってしまうのは、家でガイドブックを眺めているようなものだ。例えば今回のように何かの名勝や史跡があるわけでもないところでは、作品の舞台となった川や森や山を歩くことによって、自分がその作品の中を歩いているという気分になれると思う。そんな形や物だけにこだわるのではなく、心や肌で触れることのできる感覚が大事なんだと思う。