蛍の里

 「本物のホタルを見たことがない」と言う平澤君に、これから行こうとしている大原のゲンジボタルの生息地についての新聞記事のことや、ホタルの生態のことを話しながら、まだまだホタルが自生できるところが残っていることをありがたく思っていた。

 そもそもホタルは歌に唄われているように♪水が甘い♪からそこにいるのではなく、ホタルの幼虫が好んでエサにしているカワニナという巻貝が、相当な清流でないと生息できないから、当然エサのないところにはホタルは生息できないのである。

 人間の些細な行為でも、自然界の小さな生物にとっては生死にかかわる大事件であるということを、僕らはもっと真剣に考えなければならない。気象をも変えてしまうほどの科学技術を身につけ、それが人体にも影響を及ぼすことがわかっているのだから、はるかに小さな生物たちに与える影響が、どれほど計り知れないものなのか、もっと多くのひとが知っておくべきなのだ。

 そんな中、全国で環境問題に対するさまざまなことがらの自然復興が叫ばれ始めている。中でもホタルが生息しているかどうかが、前記したことからもわかるように、かなり小さな世界から「浄化」された土地のイメージにつながり、ホタルがその土地のバロメーター役になっているようだ。

 大原から夷隅鉄道に乗り換え、上総東という無人駅を降りた頃はすでに真っ暗で、レール沿いに歩くその足下を、信号が明るく照らし出してくれていた。僕には旅先で見る田舎の風景を感じ、「遠野物語なんかの伝説があったんだろうなぁ」と話したら、「風情がないよ」と平澤君に言われてしまった。東京から近いせいもあったからか、それとも旅行できたわけではないからか…。どこでもある田舎の風景といってしまえば確かにそれまでだけど、そんなんじゃなくて子供の頃に感じた夜の雰囲気を感じることができる景色といったらいいのだろうか。子供の頃の原風景。子供の頃はいろんな物語を信じることができた。そんな頃の記憶。


 とにかく、乱舞すると新聞に書いてあったから期待してきたのに、数えたら20数匹しか確認できず、ここでも見えないところから、「環境汚染の波が押し寄せているのでは?」と気がかりだった。