父の畑

 春の気配が、日一日と感じられるようになってきた。“暑さ寒さも彼岸まで”というのも今年に限ってみると当てはまらなかったような気がする。というのも、彼岸頃まで5月並みの陽気になったかと思ったら、桜がいつになく早く咲き出したのに再び4月にむけて寒さが逆戻りしてしまったような陽気になったからだ。
 つい先日には春雷があった。これは虫起こしの雷と呼ばれるヤツで、特に今年のは疾風を伴って、まるで嵐のごとしだった。ときどき黒雲の中を赤味を帯びた稲妻が駆け抜けていくのが見え、その度に「今度の写真展のテーマは雷だな」などと、周囲の人たちの心配をよそにひとり空を見上げていたのを覚えている。

 ところでこの冬の間中、家でゴロゴロしていた父が、ようやく畑へと足を向けるようになった。それまではコタツに寝っころがっていたかと思えば、目を離した瞬間ソファに寝っころがってテレビを見ている… などと、とにかくあちこちでゴロゴロしている姿を見続けてきたのである。
 そんな父の姿を最近見なくなったと思っていたら、毎日のように「今日はニラだ」とか「ホウレンソウを植えてきた」とか言っては、その日の成果をわざわざ僕の部屋にまで報告に来る。
 それにしても“家でゴロゴロする”という意味は、“皆川の父”と、広辞苑あたりに載ってしまうのではないかと思われた冬の光景も、春雷の訪れとともに終わりを告げるようである。