星と天界の音楽と(星のソムリエのブログ)

とりたち

すずめ

 会社のビルに向かう途中の通路の中に毎年スズメが巣を作っている。親鳥にしてみれば照明のカサに隠れて人間からは見えないし、雨風も当たらない場所にあるので「ここは最高の場所だワ」とでも思っているのかもしれない。しかし「チーチー」と子供たちの鳴き声が聞こえるし、天井の照明のカサからその上にあるであろう巣の小枝がはみ出しているのが遠目からも見えているので、“ここに巣がありますよ”というのが手に取るようにわかる。
 今朝は 5 月の降雨量としては過去最高の日。いつものように通路を歩いていると、スズメの親がタイミング良く戻ってくるところとバッタリ出くわした。
 親にしてみれば死角になっているからこれ以上の場所はないと思って巣をこさえたんだろうが、そんなこた知ったこっちゃない子供たちは、おなかをすかせては「ママーッ」「ごはんーッ」とピーピー鳴いてばかり。それでなくても通路は音響効果抜群だから毎日子供たちの元気の良い声が響き渡っている。
 親スズメが子供のためにせっせと餌をくわえて通路までやってくると、ちょうど通りかかった僕がいたもんだから頭上の巣には戻らず足下に降り立った。そして僕のほうを見ながらピョンピョン跳ねたり羽を広げて地面にパタパタさせては、ジリジリこちらとの距離を広げてゆく。彼女(とりあえず僕のシチュエーションではママ)が必死になって自分がケガをしたふりをして僕の注意を引いて、子供たちのいる巣から引き離そうとしているのは明らかだった。
 こんな光景はよくN.H.K のドキュメンタリーあたりで目にするが、まさかこんな身近なところで繰り広げられているとは思いもせず「いいものを見たなぁ」などと出勤時間も忘れてしまい、幸せな気分に浸りながらしばらく突っ立ってボーッとしていると、彼女は少し近づいてチュンチュン飛び跳ねて「おいでおいで」をしているような素振りを見せた。しかしママの演技も空しく、頭上の子供たちはママがエサを持ってきたかと思っていっそう鳴き叫び始めた。その声の大きいことといったら…。今まさにママが体をはって一世一代の大演技を興じて彼らを守ろうとしているのに、なんだか僕のほうが小鳥たちに向かって「しーっ」と指を立てたくなってしまったほどだ。
 「まぁまぁ、そんなことをしなくったって、子供たちを取りゃしないから安心しておくれ」と、僕が足早に巣の下を通り過ぎるのを見ていた親スズメはすぐに巣には戻らず、しばらくは僕のほうを見ていつまでも警戒することは止めなかった。
 

 最近は自然の中で巣を作ることよりも、人間が作ったものを利用する事によって共生をはかろうとしている小さな動物たちが増えてきている。本来ならこの場所にあったはずの木をもとめてやって来て居を構えたんだろう。「こんなところでしか子育てができないなんてかわいそうだなぁ…」と考えてしまうのは人間としての思い上がりだろうか。なぜなら彼らには人間が考える以上に自然の中での適応力が備わっているのだから…。




カラス
 出勤途中の交差点で自転車にまたがって信号待ちをしていると、頭の上でなにやら「ギャーギャー」という声とフワッフワッと羽ばたく音がした。信号が変わるにはまだ時間があるから信号の色を確認がてら声のする方を見上げると、道路を挟んだ向かいの二階屋のアンテナの上に黒い鳥が二羽飛んでいった。最初に視界に入ってきたのはしっかりとした飛行経路を取っていたものの、その後を追いかける羽はいかにも頼りないといった感じでヨロヨロとした飛び方だ。その姿恰好からすぐにカラスの父子(僕のシチュエーションではパパと息子)だということがわかった。「ははぁ…お父さんが子供に飛び方を教えているんだな…」

 お父さんガラスは、息子が「よいしょ」と追いつくとすぐに反対側の家のアンテナに飛び立ってしまう。アンテナの細い止まり木に捕まって、体勢を立て直す暇もなく飛び立ってしまうお父さんガラスの姿に「自然の中で生きていくためには心を鬼にしているんだなぁ… さすがはお父さんだ…」などと感心しながら見ていたら、せっかく青になって僕のことを待っていてくれた信号がまた赤に変わってしまった。ヤレヤレ…

 子ガラスはお父さんが飛び去ってしまい、一人向かいの屋根に置き去りにされたことにまだ気づいていないようだ。そんなことよりも自分の体制を整えるのがやっとの様子。しばらくすると背後からお父さんが「おいで、おいで」と声を掛けたので、それと気づいた子ガラスがヨタヨタとお父さんの方を向こうとしていると、道路の向こう側から「くわっくわっ」とせかすような声を掛けた。それは「ほ〜ら、今度はこっちだよ」と暖かい愛情に満ちた声で誘っているのが僕にもわかった。「早く、早く」と急き立てるお父さんの声が鳴り響く。「パパ〜」と泣いてでもいるかのような子ガラスが慌ててバタバタやって来ると、お父さんガラスの方はまた反対側に飛んでいく。

 信号が何回変わったかの数は数えていなかったが、この父子が三往復したところまでは数えたものの、電車の時間が気になってその場をあとにした。

 カラスと言えば春の夜空を飾る星座の中にも紛れ込んでいる。現在の空で言うと日が沈んでから南東の空に輝く赤く明るい火星の右下あたりに姿を現してくれる。ただ真っ黒いカラスが星空の中では見えないじゃないかと思われるかもしれないが、実は星座になったカラスというのは、カラスそのものが形になっているのではなくて、星空に貼り付けた4つの鋲だけが見えているのである。コレにはわけがある。

 昔のカラスは真っ白だった… と言うと驚かれる方もいるかもしれないが、コレはギリシア神話の中でのこと。しかもカラスも人間の言葉をしゃべることができたという。しかし人間の言葉をしゃべれることが災いしてアポロンを怒らせてしまい、嘘つきの見せしめとして星空に貼り出されてしまったのだ。アポロンにしてみれば“嘘つきカラス”が星座になって美しく輝くのは許せないことだし、体の色を真っ黒にしてしまったのも星空をバックにしてしまえば鋲は見えても姿は見えないだろうと、黒に変えてしまったんだと思う。とても小さな星座ではあるけれど、時々威張ったかのように大きく見えるから楽しい。

「星座は難しくって…」と敬遠する人たちに第一の理由を挙げるとするならば“どこをどう結べば動物や人間の姿の形になるんだ”ということではないだろうか。しかし星座を作った人々の考え方を援護するならば、実は夜空に描かれた絵姿が熊や英雄に見える必要はないのである。こう言い換えればわかりやすいかもしれないが、植物の名前が犬の陰嚢である必要はないのである。分類や伝達の手段として身近なモノにたとえてやれば親しみやすいといったことから、自然界の名前が付けられたことを考えてみれば、植物でも動物でも星座でも同じことなのである。

 ちなみにからす座は5月に見頃となって南の空に架かるが、すずめ座は残念ながらない。アフロディテの聖鳥なのに…



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