この星座になっている熊は、もともとは森や泉の精である美しいニンフ、カリストの姿で、こぐま座になったアルカスとは母子の関係です。

 月と狩の女神アルテミスは日の神アポロンの姉で、夜になると新月の形の弓と矢筒を携え、ニンフをお供に山や谷へ出かけては、熊や鹿などを狩りして歩き、朝になるとデルフォイの山へ帰っていくという生活を続けていました。またアルテミスは処女神という性格も与えられていましたから、ニンフたちには「処女を守るように」と宣誓させていました。
 そのニンフの中に、アルカディア王リカオンの娘でカリストという美しいニンフがいましたが、カリストは普通の娘たちのように身なりを整えることに関心がなく、弓矢を手にしていつもアルテミスのお供をし、山野を駆けめぐっていました。

 そんな狩りをする姿を遠く、オリンポスの山から眺めて恋心を抱いたのが大神ゼウスでした。ゼウスはなんとかカリストに近づこうと、アルテミスに化けて誘惑し思いを遂げました。その結果、処女を守るべきカリストはゼウスの子を宿してしまいまったのです。この秘密を知った女神アルテミスは、「誓いを破った」と言ってひどく怒り、地に跪いて泣いて許しを請うカリストの言葉に耳も貸さずに、呪いの言葉を浴びせかけました。
 呪いの言葉が言い切らないうちからカリストの両腕にはみるみるうちに荒い毛が生え、爪は獣のかぎ爪に変わり、美しい唇も深く裂けて、泣き叫ぶ声も、もはや乙女の泣き声ではなく「ウォーウォー」と、熊のそれに変わってしまったのです。今まで連れていた猟犬たちにまで吠え立てられたカリストは、とうとう森の奥深く逃げ込んでいかなければなりませんでした。
 誓いを破ったも何も、アルテミスに化けて近づいてきたんだからゼウスを責めるべきじゃないの?逆らえないのはわかるけど。ただ、この「熊の姿に変えた」説もいくつかあって、ゼウス自身がヘラに発覚するのを怖れてゼウスの手によって変身させたという説、アルテミスはカリストからニンフの職能を奪い追い払っただけで、熊に変えたのはヘラという説。

 こうして15年の歳月が過ぎました。カリストの生んだ子アルカスは母親に似て狩を好み、今では立派な狩人に成長し、毎日山奥深くわけいって狩りをして暮らしていました。そんなある日のこと、アルカスは森の中で素晴らしく大きな一頭の牝熊とばったり顔をあわせたのです。実はこの熊こそアルカスの母親のカリストの変わり果てた姿でした。

 その若い狩人が我が子アルカスとわかると、カリストは懐かしさのあまり我が身のことも忘れ、思わず走り寄りました。吠え声をあげながら走り寄る熊を自分の母親とも知らないアルカスは、自慢の弓に矢をつがえ、ここぞとばかりに身構え、その胸を射ようとしたのです。
 このありさまを一部始終オリンポスの山からじっと見下ろしていた大神ゼウスは、さすがにこの母子の運命を哀れに思い、アルカスも熊の姿に変えると、つむじ風を送ってもろとも天へ巻き上げ星座にすえました。
 星座絵を見ると、大熊小熊の尻尾がやけに長いのが気になりますが、ゼウスがヘラの目を盗んで二匹の熊の尻尾を掴んでグルグル回しながら(その時に伸びたわけです)投げあげたからです。
 「尻尾を掴んでグルグル回したら尻尾が伸びた」という説話は、後代の人がこじつけにつけ足したという話。

 大神ゼウスの后ヘラはひどくねたみ深い神でしたから、夫の浮気相手だったカリストを日頃から憎い憎いと思っていましたので、二人がおおぐま座、こぐま座になって美しく輝きだしたのを見ると我慢なりませんでした。さっそくオリンポスの山を下って、海の神オケアノスと女神テーティスのところへ出向くと、他の星は皆、日に一度は空を巡って海には入り翌朝まで休むのに、この母子熊だけは、絶えず北の空を巡って、一度だって休むことができない運命にさせてしまったのです。
 本当に「浮気相手」なら正妻ヘラの気持ちも分かるが、この場合、ゼウスの一方的な行動だし、カリストも「いつの間にか」アルカスを身篭もってしまったんだから、怒る相手はやはりゼウスでしょう。すでに美女から野獣に姿を変えられ、それだけでもかなりの罰だし。アルカスに至っては本当にとばっちり。また、ヘラがゼウスに対して怒りを爆発できないのにはわけがある。つまりは「命の恩人」であり、弟でありながら「兄」であること等があげられるだろう。だからある限度以上に夫を怒らせると、ゼウスが自分を鞭打ち、雷霆をうち下ろしかねないことを良く知っていたのだ。→ヘラ

【登場人物】
・大神ゼウス(オリンポスの最高神)
・ヘラ(ゼウスの正妻)
・アルテミス(ゼウスとレトの子でアポロンの姉。アルカスとは異母兄弟)
・カリスト(ギリシア語で「非常に美しい」というカリステが語源のニンフ。おおぐま座)
・アルカス(ゼウスとカリストの子。こぐま座)

【参考書】
・変身物語(オウィディウス)